この記事を読んで、まず、腹立ちましたね。「市民をなめんなよ!」

いい大人が金儲けのためとは言え、市民が普通に訪れる一般のキャンプ場を我が物顔に使って、全裸の男女にセックスさせていたとは!
もし、一般市民がキャンプ場に訪れていたらどうしたんでしょう。AV撮影を中止するなんてことはしないよね。あれこれ理由をつけて、訪れた市民をきっと追い帰したことでしょう。(そもそも、この事件が発覚したのも訪れた市民の通報かな?)

 

屋外でアダルトビデオ撮影した疑いの52人、不起訴に
TBS系(JNN) 9月24日(土)8時47分配信
屋外でアダルトビデオの撮影を行ったとして、警視庁に書類送検された制作会社の当時の社長らあわせて52人について、東京地検は不起訴処分にしたと発表しました。

制作会社で当時社長だった40代の男性らは、2013年9月から10月にかけて、神奈川県相模原市のキャンプ場で、人目に触れる状態でアダルトビデオの撮影を行ったとして、公然わいせつの疑いなどで書類送検されていました。この男性らについて、東京地検は、23日付けで不起訴処分としました。

不起訴の理由について、東京地検は、「現場は山の中であり、不特定多数の人に認識されるような場所ではなかった」としています。

 

せっかくの告発を受理しておきながら、不起訴処分にしてしまうとは。
で、検察の不起訴処分の理由は、「現場は山の中であり、不特定多数の人に認識されるような場所ではなかった」ということ。
「東京地検さん、エエ加減にしてください」

 

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AVは私も見ますよ、男だもの、人間だもの。
しかし、そういうAV作品を金儲けのために、一般市民のための公の場所を勝手に使って、好きなように作ってもらっていいなんてことは、これっぽっちも思っていません。

この52名の罪状は刑法の「公然わいせつ罪」です。そもそも刑法は社会の安寧と市民の生命財産の保護のためにあったはず。

この事例で言えば、完全に一般市民の利益・安寧を妨げていると思うんですけど。だって、AV撮影のとき、たまたま一般市民がそこにいなかったとしても、後から大勢やって来る可能性もあったはずです。ということは、「公然とわいせつな行為」をしようという故意はあったはず。

そこで刑法の「公然わいせつ罪」見てみます。

刑法174条
公然とわいせつな行為をした者は、6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 

「公然わいせつ罪」とは、条文通り、「公然」と「わいせつ」な行為をすることで成立する犯罪ですが、この「公然」・「わいせつ」について、「公然」とはどういうことか、そして「わいせつ」とは何かについて、たびたび論争されてきました。

古くは、有名な「チャタレー事件」というものがあります。

(ウィキペディア)
チャタレイ事件(チャタレイじけん)は、イギリスの作家D・H・ローレンスの作品『チャタレイ夫人の恋人』を日本語に訳した作家伊藤整と、版元の小山書店社長小山久二郎に対して刑法第175条のわいせつ物頒布罪が問われた事件で、日本国政府と連合国軍最高司令官総司令部による検閲が行われていた、占領下の1951年(昭和26年)に始まり[1]、1957年(昭和32年)の上告棄却で終結した。わいせつと表現の自由の関係が問われた。

 

この事件は古すぎて、私はこの世に生まれていませんので、資料で知るだけです。

その後、1981年にこの小説『チャタレイ夫人の恋人』が映画化されたときは、随分話題になりました。まだ当時はインターネットが無くて、ポルノ動画を自由に見られるという時代ではなっかったのです。もちろん日本では、ぼかしを入れた修正版です。

さて、「公然」をもう少し説明すれば、「不特定・多数の人が認識できる状態。実際にまだ認識されていなくても、認識される可能性がある状態であればよい。」というのが最高裁の判断です。 

次に、「わいせつ行為とは何か」ですが、これを定義付けるのがなかなか大変で、いろいろと争われてきました。

最高裁の判例による一般的な定義は、「いたずらに性欲を興奮又は刺激し、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」となっています。

こんなふうに定義されると、次には「じゃ、正常な性的羞恥心って何?、善良な性的道義観念って何?」となりますよね。
そもそも、こうした概念は時代とともに随分変化するものだし。

さて、記事に話をもどすと、誰も行けないような険しい山奥なら「公然と」は成立しないでしょうが、そこはキャンプ場ですよ。多数の人でなくとも、不特定の人が見る可能性は大きいと思うんですよね。

迷惑を受ける人が少ないだろう、みたいなことで、「傍若無人なふるまい」を許さないでほしいね!

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