20年前に、神戸連続児童殺傷事件(1997年・平成9年)が兵庫県神戸市須磨区で数か月にわたり発生し、その結果、2名が死亡し、3名が重軽傷を負いました。

1997年(平成9年)3月に、当時10歳の小学4年生女児・山下綾彩花さん、5月には小学5年生の男児、土師淳君(11歳)が殺害されました。

犯人は、事件当時、中学生3年生の男子生徒(14歳)で、犯行声明で『酒鬼薔薇聖斗』と名乗っていました。

平成29年となった現在、なんの罪もない小学生が無残にも命を奪われ、この世に存在せず、犯人の殺人鬼・元少年Aがのうのうと生きている現実に、納得できない思いです。

殺された2人の子供にはもう何の手立てもできないのに、犯人の元少年Aには、税金を使って少年院に入所させ厚生支援プログラムを適用してきたのです。

殺された側は、殺されたまま、ほっておかれるのに、犯人の元少年Aには税金を使って、よりよく生きられるように支援していくという制度のあり方に、正直疑問を感じずにはおられません。

さまざまな法的支援を受けた34歳の元少年Aは、被害者に対して、少しでも謝罪の気持ちを伝えることができたのでしょうか。

結果は否です。

2015年、元少年Aは『絶歌』などという手記を被害者家族に断りもなく勝手に出版し、さらにその2か月後には、ブログまで開設しました。

そのブログ名は、『存在の耐えられない透明さ』という意味不明のタイトルで、ナメクジを主体にした画像やグロテスクな写真は気持ちの悪いものでした。(今は閉鎖されています)

平気で子供を殺し、性的な興奮を覚えたという元少年Aの特異な性質を十分に表しているブログでした。

こんなことをすると被害者家族をさらに苦しめるという当たり前のことすら、元少年Aには理解できていないのです。

こうした行動を見る限り、この元少年Aは被害者が期待するような改心、贖罪は全くしていないと言わざるをえません。

医療少年院では、少年院職員で擬似家族を構成し、元少年Aの心を変えようとしていましたが、そんな家族ごっこのようなロールプレイを6年程度やったからと言って、人間の心が入れ替わるものでしょうか。

確かに少年は、人を殺せば、自由を奪われて少年院や刑務所に入所させられるとか、犯行時、成人であれば死刑になっていたかもしれないということや、親切にされたらお礼を言うなどというようなことは、擬似家族ロールプレイで学習することはできたでしょう。

しかしながら、元少年Aは殺人することで性的興奮を覚え、射精するような人間であり、そうした彼の本能(性的サディズム)まで、少年院の擬似家族で変革することができるのでしょうか。

私は人間の本能まで入れ替えることは不可能だと思います。

元少年Aは、2004年12月3日保護観察終了以後、自由の身となっていますが、彼は現在、自己の本能を抑えるのに必死な状況ではないでしょうか。

自己の過去を隠したままの生活は、それだけで大きなストレスを抱えたものになるはずです。いつしか、元少年Aが爆発するのではないかと心配になりますが、猟奇的な雰囲気の彼のブログは、彼の爆発の可能性をほのめかしているように思えてなりません。

法的には元少年Aは自由の身ですが、わずか14歳で自己の欲望のまま、猟奇的な殺人を平気で犯した人間です。彼の心が入れ替わったと誰が言い切れるでしょうか。一体、彼の心はどう、変わっているのでしょうか。

彼の現在の動向が当局に監視されていることを切に願います。

下記は彼の14歳時の供述。〈出典:Wikipedia〉

以下、『文藝春秋』1998年3月特別号「供述調書」(平成10年3月1日発行)

ケーブルテレビアンテナ施設に到着すると少年は、糸ノコギリをまず取り出し、それから「局舎」の床下に隠していた男児の死体の肩部分をしゃがみこんでは引っ張り、男児の胸から上部分を床下から引き出して、男児の首がちょうど溝上付近に来るように置いた。少年は「ただ、〇〇君の首を切りたい」とだけしか思っていなかったため、特にワクワクするといった気持ではなかった。男児はあおむけの状態で、眼は見開いていた。このとき、取調官は少年に「男児の死体の目や顔を見ながら、その首を切るのに抵抗はなかったか」と尋ねたのに対し少年は「別にありませんでした。僕が殺した死体であり、いわば僕の作品だったからです」と答えた。

黒いビニール袋の上に置いた男児の遺体を、糸ノコギリの両端を持ち、一気に左右に2回切ると、ノコの歯が細かったためか、スムーズに切れ、切り口が見えた。人間の肉が切れることを確認した少年は左手で男児の額のあたりを押さえながら、右手で首を切っていく。この時、少年は「現実に人間首を切っているんだなあと思うと、エキサイティングな気持ちになった」と供述している。首を切っていく内に、段々と頭の安定が悪くなったため、男児の首の皮が1枚になった時に左手で髪をつかんで上に引っ張り上げ、首の皮を伸ばして一気に首の皮を切った。その後、しばらく地面に置き、正面から鑑賞しながら、「この不可思議な映像は僕が作ったのだ」という満足感に浸った。首を切断して射精した。

ところが、しばらくすると、男児の目は開いたままで、眠そうにみえ、どこか遠くを眺めているように少年には見えた。さらに、男児は少年の声を借りて、少年に対して、「よくも殺しやがって 苦しかったじゃないか」という文句をいった。それで、少年は男児に対し、「君があの時間にあそこにいたから悪いんじゃないか」といい返した。すると、男児の首はさらに文句をいった。少年は、これは死体にまだ魂が残っているためだと考え、魂を取り出すため、また、眠たそうな男児の目が気に入らなかったため、「龍馬のナイフ」で男児の両目を突き刺し、さらに、2、3回ずつ両方の瞼を切り裂き、口の方からそれぞれ両耳に向け、切り裂いた。その後は文句を言わなくなったという。さらに、「殺人をしている時の興奮をあとで思い出すための記念品」として持ち帰ろうと考え、舌を切り取ろうとしたが、死後硬直のため、できなかった。さらに、ビニール袋に溜まった男児の血を飲むが、金属をなめているような味がしたと述べている。血が服に付着しないようビニール袋を持ち上げると、ビニール袋の口を自分の口のところまで持ってきて口一杯分を飲んだ。少年は血を飲んだ理由として、「僕の血は汚れているので、純粋な子供の血を飲めば、その汚れた血が清められると思ったからです。幼い子供の命を奪って、気持ち良いと感じている自分自身に対する自己嫌悪感の現れなのです」と供述している。

少年と男児が通っていた神戸市立多井畑小学校

 

少年は、人目につかない場所でもう一度じっくりと鑑賞しようと思い、一つのビニール袋に男児の首を血の入ったもう一つのビニール袋とともに入れて結びタンク山を下りて、北須磨高校への獣道をたどり入角ノ池へ向かう。当初は来た道を引き返すつもりだったが、アンテナ施設を出た直後に少年が来た方向から誰かが登ってきた足音や話し声がしたため、行方不明になっている男児を探す目的で自警団か警察官がやってきたのだろうと考え、北須磨高校への別の獣道を降りることにした。タンク山の地理をいちばんよく知っているという自負があり、この森の中では絶対に捕まらないと考え、特に焦りは感じず落ち着いて歩いた。入角ノ池までは、町の中も通るが、特に神経がピリピリするという感じもなく、ボーっとしたような、いつもと同じような気持ちで歩いた。途中、同じ歩道上を多井畑小学校方面から歩いてくる女性を見かけるが、少年が小学校通学時に見覚えのある顔の人であったため、彼女を小学校教師か職員だと思う。少年はその女性もおそらく男児を探しているのだろうと考えた。向畑ノ池の横を通過し、池の南側の友が丘西公園へ行き、公園内に入る。友が丘西公園では、いつもフェンス横の出入り口から森の中へ入っていた。森に入ると道が険しくなるため、糸ノコギリを入れていた補助カバンを取り出し、その補助カバン内に男児の首の入った黒色のビニール袋を入れた。森の中では3人の黒っぽい服にツバの付いた帽子を被り、肩から細い縄をかけた機動隊員と出会っている。機動隊員だと思ったのは、人の身長よりも長い棒を持っており、少年が知っている警察官の格好ではなかったからである。機動隊員と思われる一人から「君はどこから来たんだ」と聞かれ、少年は「公園の入り口から入ってきました」と答えた。すると3人の中の誰かが「危ないから帰りや」と言った。この記憶は鮮明ではなく、入角ノ池へ行く途中か帰る途中だったかも知れないと供述している。

少年は人の気配を感じ兵庫県立北須磨高等学校方面への別ルートを降りる。校舎背景に見える山が「タンク山」

入角ノ池へは以前に数回行ったことがあったが、道順を覚えていたわけではなく、友が丘西公園からは道があるので、道なりに歩いて行った。池辺へ降りるには、探すとロープがあったためそのロープを伝って、入角ノ池の淵へ降りた。男児の首を隠す場所はないかと見回したところ、池の方に木が生えだしたところがあり、その木の根元の向こう側に、ちょうど首が入るほどの穴があった。穴を見つけると、補助カバンから男児の首を入れたビニール袋を取り出し、足元に置き、袋の口を開き、口を下まで降ろして男児の首を出した。袋から取り出したのではなく、袋に入れた状態で首全体が見えるよう出した。至近距離から男児の首を鑑賞したが、新たに誰もいない場所で男児の首を鑑賞すれば、何か新しい感動が得られるのではないかと期待したが、大した感動はなく「ああ、こんなものか」と思った程度だったため、2、3分ほど眺めたあと、再びビニール袋にもどし、木の根元の穴の中に隠した。首の切断に使った金鋸は、友が丘西公園のとなりにある向畑ノ池に投げ捨てた。

取調官から、「君は当初、男児の首を切断したり、男児の首を別のところへ移動したのは、男児の首には指の跡などが付いており、それが分かれば、自分が犯人と疑われるからだと話していたが、その点はどうか」と聞かれ、「それは、単なる理屈付けを話したのです」と答えた。その後、少年は向畑ノ池からタンク山の下付近に止めてあった自転車を取りに戻った後、帰宅する。

その夜も、少年は目が覚め、物思いにふけった。その際は、少年は人間の死体が時間とともにどう変化するのかに非常に興味を持ち始めた。死体の変化が明日はどうなっているのだろうと思った。少年は明日も男児の首を見るために、入角ノ池へ行こうと思った。取調官は、胴体を置いているタンク山へは行こうと思わなかったのかと尋ねたのに対し、少年は「考えませんでした。それは〇〇君の胴体部分は、服を着ていて、死体の変化を見るためには、服を脱がせたりしなければならないからです。それが面倒くさかったからです。それにタンク山だと、人が登ってくる可能性があったからです」と答えた。

 

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