来る6月5日、スイスで「ベーシックインカムを導入するや否や」の世界初の国民投票が
行われるというニュースがありました。
このニュースで僕がまず興味を持ったのは「ベーシックインカムって何?」ということ。
「基礎的な収入?」みなさんはご存じでしたでしょうか。

そこで、インターネットで「ベーシックインカム」を検索すると、トップページにまず
「ウィキペディア」がヒットして、その記述を見ると最初に、“この記事は言葉を濁した
曖昧な記述になっています。「Wikipedia:言葉を濁さない」を参考に修正してください。”
となっていました。

以前は、百科事典が書棚に君臨していましたが、今はインターネットに取って代わられて
います。多くの人が利用しているフリー百科事典ウィキペディアをみなさんは信頼されて
いますか。

さて、そこで「言葉を濁した曖昧な記述」とはどういうことでしょうか。
ウィキペディアの『言葉を濁さない』を調べてみました。

するとまず、『この文書はウィキペディア日本語版のガイドラインです。多くの利用者が基本的に同意しており、従うことが推奨されますが、方針ではありません。必要に応じて編集することは可能ですが、大きな変更を加える場合は、先にノートページで提案してください。』
となっています。

で、次に『言葉を濁すとは、意見や主張を記事中に書くときにその意見の論者を明確にせずに一般的なことであるかのように表現にすることを、ここでは指します。論争の余地がない主張や意見であれば、そのような表現で記述して構いません。しかし、記述する意見が主流とは言えない偏った意見に該当すると思ったら、主張する論者(意見の持ち主)を文中に明記した上でその意見を書いてください。
言葉を濁す表現により、意見の論者を不透明にさせて、その意見が一般的であるかのように権威づけてしまうおそれがあります。中立的な観点に沿って記事を作っていくために、意見の論者を示さないで良いかは上記の基準に沿って慎重に判断してください。明確に論争の余地がない主張や意見であると根拠を持って示せないのであれば、その意見を述べている主体の名前や姿をはっきりさせることが望ましいやり方です。また、中立的な観点とは別に、言葉を濁した文章では、記述内容が希薄なものとなって読者にとって有用な文章とならなかったり、記述内容が複雑で難解なものとなって読者が混乱するような文章になるおそれもあります。
以上のような点とは別に、検証可能性の方針に従って、その文章の根拠を示す信頼できる情報源による出典を明記する必要もあります。意見の論者を文中で明記するかどうかの判断とは別に、その文章の根拠としての出典は示してください。』となっていました。

なるほど、よいことが書いてあります。

確かに、自分が書いている内容について出典を書かずに、規定の事実であるかのよう
に書いたり、自分の意見なのにみんなが言っているかのように書いてしまうことって
あり得ることですよね。
決して意図的ではないんだけど、結果的にそのような文章になってしまうことが。
「気をつけよーっと」

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