夏も過ぎ、秋の到来、昨日は今夏以降、一番涼しい日となりました。
そして、庭に舞う「赤とんぼ」の数が、もいつもより多いのに気が付きました。

調べてみると、赤とんぼは秋になって気温が下がってくると、
山から人里へ移動してくるらしいです。
「ああ、それで昨日はあんなに赤とんぼの数が多かったんだ」

 

「赤とんぼ」と言えば、私はやっぱり、童謡の「赤とんぼ」の歌を思い浮かべます。

「赤とんぼ」の歌には古い思い出があります。私が小学校に上がるか上がらない頃、父の学生時代の親友が遠方から訪ねてきて、父にオルゴールをプレゼントしました。
蓋を開けると、「赤とんぼ」のメロディが流れてきました。

美しい箱から流れてきたその音色は今でも忘れません。

私の父は学徒動員された最後の世代(終戦時に大学生)で、厳しい動乱を共に生き抜いた学友との絆が深かったのでしょう。

あのオルゴールは今は、どこにいったのだろう。父は早くに亡くなってもう50年になる。

アキアカネ(出典:Wikipedia)

アキアカネ(出典:Wikipedia)

赤とんぼの代表「アキアカネ」の写真です。

 

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そして童謡の「赤とんぼ」

『赤とんぼ』作曲:山田耕筰  作詞:三木露風
(歌詞)
夕焼小焼の 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か山の畑の 桑の実を
小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた夕焼小焼の 赤とんぼ
とまっているよ 竿の先

 

三木露風が故郷の兵庫県揖保郡龍野町(現在のたつの市)で過ごした子供の頃の郷愁をもとに、1921年(大正10年)に作ったといわれており、童謡集「眞珠島」で発表されました。

現在の私たちがみても、歌詞が美しく抒情に満ちています。

 

「十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた」

「負われて、赤とんぼを見たのは」、きっとこの姐や(ねえや)のあたたかい背でしょう。その優しい大好きな姐や(ねえや)は、わずか十五で嫁に行ってしまい、もういないのです。

 

「山の畑の 桑の実を
小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか」

その姐や(ねえや)と山の畑で桑の実を摘んだ楽しい思い出、きっと小さな手を桑の実の紫色で染めていたことでしょう。しかし、姐や(ねえや)のいない今は、その思い出はもうまぼろしのようだと。

そして、今はもう、姐や(ねえや)からの「たよりも 絶えはてた」という。
便りも出せない嫁ぎ先の厳しい生活、もしかしたらもっと悲しい出来事さえ、想起させる一節です。

短いたったこれだけの言葉で、当時の貧しい農村の子供たちの生活・人生を映し出しており、何とも切なく悲しい詩です。

でも、秋になって、赤とんぼを見るとなぜか口ずさんでいます。

昨日は、庭に舞う赤とんぼを見てこんなことを思いました。

 

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