筑波大学付属病院の研修医の男(27歳)が女子大生の部屋に忍び込み、住居侵入と窃盗未遂の疑いで逮捕されました。

 医者と言えば、誰でもなれる仕事ではありません。国公立大学医学部であれば偏差値が高く、入学試験に合格することが大変です。私立大医学部であれば、入学金・授業料等が高額で、庶民の家庭の子弟が進学することは普通、経済的に無理です。

 

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そんな中でめでたく国公立大医学部に合格して、研修医にまでなっておきながら、女子大学生の部屋に侵入し、逮捕されるとは。親が一番、悲しんでいると思いますね。

容疑を否認しているということですが、警察はそれなりの証拠があったから、このたびの逮捕にこぎつけたのでしょう。女性に気づかれて逃走したということですから、まだビギナーのコソ泥だったのかもしれません。

ただ、社会的に見れば、恵まれた地位にある医師が盗みに入るということは、やっぱりその裏にはまだ明らかになっていない事情があるのでしょう。

「ギャンブル好きで町金に借金があった?」

「(男が既婚者だったとして)愛人がいて、出費がかさんだ?」

「実は子供の頃から、万引き等の常習者だった?」

それとも、「いたずら目的で侵入?」

いずれにせよ、こんな馬鹿なことをやらかす男の気持ちはわかりませんね。

筑波大付属病院の研修医逮捕 女性宅侵入か
日本テレビ系(NNN) 1/15(日) 17:05配信
筑波大学付属病院の研修医の男が女子大学生の部屋に忍び込み、盗みを働こうとしたとして、14日、逮捕された。

住居侵入と窃盗未遂などの疑いで逮捕されたのは、筑波大学付属病院の眼科の研修医で、27歳の大久保智貴容疑者。警察によると、大久保容疑者は去年9月4日未明、つくば市内の22歳の女子大学生の部屋に侵入し、バッグを物色していたところを気づかれたために、何も取らずに逃走したという。

調べに対し、大久保容疑者は女性と面識はないと話す一方、「覚えていない」と容疑を否認しているということで、警察が犯行の経緯や詳しい動機などを調べている。

筑波大学付属病院は、「職員が逮捕されたことを大変重く受け止めており、厳正に対処します」とコメントしている。

 

ところで、筑波大学付属病院研修医ということは、筑波大のOBということでしょうか。
同じ筑波大医学部出身の医師の犯罪に、古い話になりますが『つくば母子殺人事件』という凶悪犯罪がありました。

こちらも、成績は優秀な男でしたが、前述の男よりは、相当な悪です。
当時、年収は1000万円を超えており、庶民よりかなり豊かであったにも関わらず、愛人を作ったり投資用マンションを購入したりで、収入以上の生活をしていました。

待ち受けているのは借金地獄ですよね。
そんな状況下で、妻はけなげにも夫の金策を助けるために昼は研究所の事務員、夜はパブのバイトをしていたということです。そんなに尽くしているのに、夫が愛人を作っているとなると、そりゃあ、怒り心頭でしょう。夫婦仲が冷えるのも当然です。

妻子を殺した後、遺体を車に積んだまま、ストリップやソープランドに立ち寄るなど、常識では考えられない異常な行動をしています。

ところが一方で、この医師は病院の上司や患者からは「熱心で親切な先生だった」と評価されていて、後の裁判では3000を越える減刑嘆願書が届けられたということです。性能の良い頭だったけど、どこかに余分な歯車がついていたのでしょうか。

〈出典:Wikipediaつくば母子殺人事件〉
1994年11月3日、横浜市鶴見区の京浜運河からビニール袋に入れられ重しがつけられた女性の遺体が発見され、続いて幼児の遺体が2体発見された。その後、遺体の身元は茨城県つくば市に住む31歳女性とその長女(当時2歳)と長男(当時1歳)と確認された。3人については、夫であり父親である総合病院の医師(当時29歳)から捜索願が出されていた。

夫から事情を聞くにつれ、夫の右の手の甲に小さな傷があることを捜査員が見つけた。夫は飼い犬に噛まれた傷と主張したが、捜査を続けていくにつれて、夫婦間のトラブルがあったことが判明した。
11月25日、夫は殺人及び死体遺棄罪で逮捕される。夫は茨城県の農家の次男として生まれ、学業成績は常に優秀であった。筑波大学医学専門学群在籍時代から妻と交際しており卒業後に結婚。

当時年収は1000万円を超えていたが愛人もおり投資用のマンションを購入するなど収入以上の支出をしていたため借金をしていた。離婚歴があった妻は2度目の結婚であり、夫の金策を助けるために昼は研究所の事務員、夜はパブのバイトで働いていた。
夫の自供によると、10月29日午前5時、愛人問題等でかねてから夫婦仲が悪くなっていた妻と口論になった。妻は包丁とロープを持ち出し「いっそのこと私を殺せばいい」と口走り、自分の首にロープを巻きつけソファーから飛び降りて見せたり、病院長に愛人のことを訴えると言い出したためロープで首を絞め、両手で鼻と口を塞いで窒息死させた。子供2人も父が殺人者となり残されることを不憫に思い殺害した。

その日はそのまま病院に出勤し、夕方自宅に帰ってから3人の遺体を自家用車のトランクに入れて自宅を出発。途中ストリップやソープランドに立ち寄り、大黒ふ頭で遺体を海に投げ込んだ。また、遺棄した日の翌日から、愛人である勤務先の看護婦との北海道旅行も予約していた。

求刑は死刑だったが、1996年2月22日、横浜地裁は犯行は計画的なものではなく衝動的だったとして夫に無期懲役判決を下す。大学時代の友人は「温厚で明るい好青年だった」、病院の上司や患者は「熱心で親切な先生だった」と証言し、後の裁判では3000を越える減刑嘆願書が届けられていた。控訴をするも1997年1月30日、東京高裁、控訴棄却。被告人は上告したが、その後で取り下げて無期懲役が確定した。

 

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