お雛様

お雛様

先日、中国が旧正月の休みで、日本で「爆買い」というニュースが

ありました。

また旧暦の桃の節句3月3日は、現在の4月ころ。

桃の花も咲く頃ですね。

そこで、旧暦とは?と思い、少し調べてみました。

これまで、旧暦=太陰暦と理解していたんですが、

そうではなかったです。

正確には、旧暦=太陰太陽暦でした。

太陰太陽暦とは、月の運行(月の満ち欠け)をもとにしつつ、

太陽の運行を加味した暦ということができます。

このように、太陽と月の動きを同時に考えることで

実際の太陽の動きや月の朔望を現実の季節に

なるべく適合するようにしたものでした。

 

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明治初期(5年)の新暦(太陽暦)に改定するまでは

太陰太陽暦である「天保暦」を使っていました。

太陽暦はご存じのとおり、地球が太陽の回りを公転する日数から

できている暦であり、一方、太陰暦は月の満ち欠けを基本とした

暦で農耕の時期を知るのに便利だと考えられていました。

太陰暦では、1ヶ月は月の満ち欠け(朔望)で決めており、新月から満月を経て次の新月にいたる

までの周期は約29.53日です。

ですので、太陰暦では1ヶ月は29日と30日の二とおりで成り立っています。

月は地球の一番近くにあり、庶民でも観測しやすく身近な存在でしたので、

暦の基準にするには格好の材料だったと思います。

ところが1ヶ月が29日または30日でしたので、1年は約354日しかならず、

1太陽年(365日)に対して約11日足りません。

※地球は1年365日で、ほぼ太陽の回りを1周しますので、太陰暦の1年354日では

地球は公転軌道上を1周できず、元のスタート位置に到達するにはあと11日を

必要とするわけです。

このため、太陰暦オンリーでは3年で1ヶ月強のずれが生じるため、とても不便です。

現在の暦では4年に1度、1日を付け加えるだけですみます(閏月)が、

太陰暦だけでは、10数年たつと季節さえ、くるって来ます。

そこで、月の朔望に加えて、太陽の動きを加味した太陰太陽暦が広く

使われたのです。

最後に、日本が太陽暦に切り替えた理由は、「世界標準の太陽暦を導入すること」

でしたが、そのタイミングには明治新政府の経済的理由が大いにありました。

当時の新政府は非常な経済的窮乏状態にあり、公務員の給料を払うためのお金が

ありませんでした。

そこで、太陽暦導入を決めた明治5年の12月2日というのは、

翌日の12月3日は新暦で正月にあたるので、明治5年は11ヶ月で終わることに

なり、その年の給料が11ヶ月分で済むことになりました。

さらに旧暦の明治6年は閏月にあたり1年が13ヶ月ありましたので、

新暦導入で1ヶ月分の給料を払わなくて済むことになりました。

こうした経済的事情もあって明治新政府は慌てて太陽暦を導入した

ため、古い太陽歴のユリウス暦を採用してしまいました。

このユリウス暦は閏年に関する不備があったため、

後になって(明治31年)、世界各国が使用していたグレゴリオ暦に変更

せざるを得ませんでした。

※ユリウス暦とグレゴリ暦の違い。

ユリウス暦も閏年を設けていましたが、単純に4年に1度の閏年でしたので、

そのまま使用すると、1000年ごとに約8日のずれが生じてしまいます。

それで修整するために、後に、

「西暦の年数が100で割り切れて、かつ400では割り切れない年は閏年としない。」

というルールを新たに適用したのがグレゴリオ暦です。

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