メンデルの法則と三菱自動車不正とがどうリンクしているの?

 三菱自動車は数年前にも不正がありましたよね。

ドイツのフォルクワーゲン社の例を見ても、不正は少し前、露見して

不正で得た利得の何倍もの損失を出しています。

三菱自動車の不正に関与した社員達も

そのことを知らないはずはありません。

そうであるのに、直接の関係者達は何で不正をやってしまうんでしょうか。

察するにきっと上からの締め付けが強くて、

不正をしてでも上司の要求に応えなければならないような

社風があるのかもしれないですね。

三菱自動車は数年前、不正が発覚したとき、記者会見でゼロから出直すというようなことを

言っていたはずなのに・・・です。

部下達は、自分の保身も気になり、

データを改ざんをしてでも

売り上げを伸ばすしかなかったのでしょうか。

さて、多くの皆さんがご存じの、かの有名な「メンデルの遺伝法則」

学校で、遺伝に関する「優性の法則」とか「分離の法則」とか勉強したこと、

覚えてますよね。

このメンデルの研究について、研究データの改ざんがあったという説があります。

メンデルの論文の数値(エンドウ豆の個数)が「分離の法則」の3:1に

あまりにも、合致しすぎているというものです。

たしかにそうです。

エンドウ豆の形が「丸い」か「しわしわ」で分けると

丸豆:しわ豆=5474粒:1850粒

子葉の色が黄色か緑色かで分けると

黄色:緑色=6022粒:2001粒という数値がメンデルの論文に書いてあり、

いずれも3:1になります。

純系の親で、優性形質のものと劣性形質のものを

受粉させると子供の世代は全部優性形質が現れ(優性の法則)
(丸かしわかで言うと全部、丸豆になる)、

その子供の丸豆どうしを掛け合わせると

孫の世代では、丸豆:シワ豆が3:1になるというもの(分離の法則)です。

メンデルは、このエンドウを使った遺伝の研究を8年間もおこないました。

メンデルは僧侶でしたので、僧院の敷地にエンドウ豆をたくさん植えて育てたのです。

もちろん、エンドウの世話は彼1人でできるものではなく、僧院の

下働きの人達が手伝ってくれたのでした。

そこでどうやら、メンデルの実験を手伝っていた人達が、

一生懸命に実験を進めているメンデルの気持ちを察して、

彼が期待しているような豆の数を彼に報告したらしいのです。
(データ改ざん説の真偽はわかりません)

そもそも、この実験の最初には

遺伝的に純粋な遺伝子を持っている純系種を

作るために何世代も自家受粉させねばならないし、

昆虫がやってきてかってにあちこちのエンドウ豆を受粉させたら、

純系種を維持できないし、できた豆粒を数えるのも

大変手間なことだしと・・・・・・。

とまあ、人手がいる実験だということには間違いがありません。

そんな状況でメンデルの指示のもと、実験を手伝っていた人たちが

豆粒を数えたとき、メンデルの期待していた数値に合うよう、

豆粒の数を改ざんしたとしても無理はないように思います。

1865年、メンデルがこの実験の研究論文をブリュン自然科学研究会で

発表したとき、その偉大な意義を理解した科学者は1人もいませんでした。

彼は1884年、失意の内に61歳で亡くなっています。

彼のこの業績が評価されたのは、何と論文発表後、35年も経ってからでした。

現在では遺伝子によって明解に説明できる「遺伝の法則」は、

当時(日本の幕末の頃)にあっては、

世界最高の科学者でも、理解できないことだったんですね。

さて、もしデータの改ざんが本当だったとして、

メンデルは研究結果を自ら意図的に改ざんしたのでしょうか。

僕はそうではないと思います。

改ざんしたかどうかもわかりませんが、もしそうなら

前述したように周囲の人が彼の熱意に打たれ、

数値を変えたのではないでしょうか。

(僕はデータは、実験結果を正確に伝えているものだと

信じたいですね。)

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