本日早朝、またもや北朝鮮はミサイルを日本海に向けて発射しました。

日本人を拉致するような暴力団国家が核弾頭ミサイルを開発していることは、日本にとっても大

きな脅威です。

<北朝鮮ミサイル>隠岐沖300キロのEEZ内落下

北朝鮮のミサイルが着水した海域

北朝鮮は29日午前5時39分ごろ、北朝鮮東部・元山(ウォンサン)一帯から弾道ミサイル1発を発射した。韓国軍合同参謀本部が発表した。短距離弾道ミサイルのスカッド系列と見られ、日本海に落下した。日本政府によると、東に約400キロ飛行し、落下地点は新潟県・佐渡島から約500キロ、島根県・隠岐諸島から約300キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内と推定される。付近を航行する航空機や船舶への被害は確認されていない。日本政府は北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に直ちに抗議した。
・・・・(以下略)

では、私たちには何ができるのでしょうか。

今朝のテレビ報道をみていると、各局いろんな評論家があれこれ言っていますが、誰一人として

北朝鮮のリアルなニュース源を持っているわけではなく、すべてが想像上の話です。あんな話な

ら素人の視聴者にもできると思いますね。

核弾頭の小型化はまだ無理だとか、ICBMの大気圏再突入の技術はまだ確立されていないとか、

すべて想像上の話です。誰一人として現在の北朝鮮の開発状況はわかりません。

 

また、国際社会がいくら北朝鮮を非難して経済制裁を強めようと、イタリアのG7で何を合意し

ようと、北朝鮮は核ミサイル開発を絶対に止めないでしょうから、いずれ近いうちに完璧な

ICBMを開発するでしょう。

 

では日本に何ができるか、何をすべきかを考えると、日本も核武装をするしかないのではないで

しょうか。いきなりですが”(-“”-)”

これまでの北朝鮮報道を聞く中でこんな思いに達したので、今日は日本の核武装論、核武装論者

について調べてみました。

 

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日本の核武装・核武装論者

まず、有名人では、元大阪府知事・元大阪市市長の橋下徹氏が、「日本も核武装について考える

時期に来ている。議論すべきだ」と発言しています。(朝日放送の「橋下徹×羽鳥慎一の番組」)

橋下氏がこのように発言するということは、彼自身は「核武装すべきだ」と考えているものと推

察されます。他に有名人、政治家で核武装論を唱えている人はいるのでしょうか。

 

日本の核武装研究の歴史

私は戦後民主主義の中で育ちましたので、核武装論を語ろうものなら、社会的に抹殺されるよう

な雰囲気が日本にあったことはお伝えしておきたいと思います。特に1970年頃まではその雰囲

気が強かったですね。

当時、大学紛争の最後の時期で、東大の安田講堂事件もあり、東大の入学試験も中止されまし

た。この大学闘争が終焉を迎えたころから、最左翼に振れていた日本の言論が次第に右に戻りだ

しました。

その結果、現在は政治家の職にはないが、元政治家の橋下徹氏がテレビ出演して、「核保有」

ついて言及しだしたことはとても興味深いことです。

 

日本の核武装研究は古くからあった

ところが、日本の核武装研究は古くからあったようなんですね。でもこんな話はマイナーな話

で、普通のマスコミでは話題になっていなかった、少なくとも一般市民の耳には核武装に向けて

の研究など入ってこなかったですね。

広島・長崎の原爆投下で大きな犠牲を払った日本では、地球上から核爆弾を廃絶することこそ、

いや「廃絶するように主張すること」こそ、あらゆる価値観に優先する正義だったように思いま

す。

でも、ちょっと考えてみれば、核爆弾を保有するかどうかは当事国に委ねられた課題ですから、

他国がどうのこうの言ってもそれを「ハイ、そうですか」などと聞くわけがありません。

 

だいたい、核保有国が持たない国に、平和のため核保有するなと言っても説得力がないし、ナン

センスなことです。

 

〈引用:BLOGOS 2012年09月24日 20:34〉
日本は核兵器アレルギーが強くて、「非核四原則」(持たず、造らず、持ち込ませず、議論せず)などと揶揄されることがありますが、そんなことはありません。それどころかもう議論され尽くしていて、今さら同じことを繰り返してもしょうがないくらいです。すでに戦中には「ニ号研究」がありましたし、「昭和三十八年度総合防衛図上研究」では、第二次朝鮮戦争を想定して戦術核の使用を盛り込んだ図上演習が統合幕僚監部によって行われています。1967年に非核三原則が国是とされてからも、さまざまなレベルで核武装についての研究は続きました。

 

この1967年の非核三原則から、日本は建前上は核に関わらない国ということになりましたが、

実際にはアメリカの原子力空母が核を持ち込んでいたということはたびたび報じられていまし

た。

1980年代の研究

〈引用:BLOGOS 2012年09月24日 20:34〉
1981年、防衛研修所(現・防衛研究所)が初歩的核武装から戦略核武装までの技術的可能性や予算についての検討をします。そこで出された結論もやはり核武装の否定でした。

  • 運搬手段も備えた核戦力を持つには、兵器級プルトニウム分離施設や潜水艦用原子炉等で米国の支援がなければできない
  • 戦略核戦力は産業や技術基盤が負担に耐えない
  • 核実験場を提供してくれる友好国もなく、国際社会の制裁でウラン供給が止まる

核武装は、核弾頭開発で終わりではありません。ミサイルシステムなど運搬手段、指揮命令系統、支援・補給、国政/自治体レベルの関与まで必要な巨大な核兵器運用ネットワークを作り上げることが求められます。短期間で構築できるようなものではないですし、時間をかけてもアメリカの核の傘以上の信頼性のあるものができるかどうか疑わしいことからも、日本の核武装は非現実的であるとしました。

 

これを読むと、では何で北朝鮮が核開発をできたのかと不思議に思えます。なぜなら北朝鮮の国

力は圧倒的に小さいからです。

2016年の名目GDP(USドル)ランキングをみると

日本は世界第3位で、約4兆9380億USドル。

それに対して、北朝鮮のGDPは推計ですが、約400億US米ドル程度とされており、日本の大阪

程度とか茨木県程度と言われています。(北朝鮮は経済データなど公表できるような国ではありませんので、いろいろなデータが推計されています)

それにしても、国民を犠牲にしているとは言え、よく核開発できたものです。

 

日本の核武装論者は?

さすがに、実名をあげて堂々と核武装を唱えている人は、ほとんど見つかりませんでした。

しいて言えば、46年前、石原慎太郎氏が、「核爆弾を持ったっていい」と発言しています。

た社会学者・評論家の清水幾太郎氏が著書『核の選択-日本よ 国家たれ』(文芸春秋1980

年)の中で、核武装を主張しています。

①『1971年、ニクソン・ショックを背景に石原慎太郎参議院議員が次のように発言した。「(核兵器が)無けりゃ、日本の外交はいよいよ貧弱なものになってね。発言権はなくなる」「だから、一発だけ持ってたっていい。日本人が何するか分からんという不安感があれば、世界は日本の言い分を聞くと思いますよ」、この発言は1971年7月19日付の朝日新聞に掲載された。』(引用:Wikipedia)

また、つい最近は、テレビ番組の橋下徹氏の発言から、彼は核武装をすべしと考えていると、私は感じました。なぜなら非核三原則を堅持すべしと考えている人は、「核武装について論議すべき」とは言わないだろうからです。

②『2017年、橋下徹氏が朝日放送の「橋下徹×羽鳥慎一の番組」で、「核武装について論議すべき時期がきている。」

③『1961年11月、池田勇人総理大臣は来日したディーン・ラスク国務長官に「閣内に核武装論者がいる」と述べた。』(引用:Wikipedia)

④『1964年12月、佐藤栄作総理大臣はエドウィン・O・ライシャワー駐日大使に対して、ウィルソン英首相の言葉を引用して「他人が核を持てば、自分も持つのは常識だ」と述べた。』(引用:Wikipedia)

⑤『政府は佐藤内閣時代の1960年代後半に、極秘に核保有の可能性を検討した。1967年夏、内閣調査室の外郭団体「財団法人・民主主義研究会」で永井陽之助、垣花秀武、前田寿、関野英夫、蝋山道雄により日本の核武装の可能性について検討が行われた。その結果は「日本の核政策に関する研究(その一)-独立核戦力創設の技術的・組織的・財政的可能性」と「日本の核政策に関する研究(その二)-独立核戦力の戦略的・外向的・政治的諸問題」という二冊の小冊子にまとめられた。同研究会は「日本が核武装することは、国際政治的に多大なマイナスであり、安全保障上の効果も著しく減退する」と結論付けた。』(引用:Wikipedia)

⑥『中曽根康弘は2004年の自著において、防衛庁長官だった1970年に「現実の必要性を離れた試論」として核武装について「日本の能力を試算」し「当時の金で2,000億円、5年以内で核武装できるが、実験場を確保できないために現実には不可能」との結論に達したことを明かした。』(引用:Wikipedia)

⑦『1975年、日本の科学技術庁(当時)の原子力担当課長が在京の英国大使館員に「日本は3か月以内に核兵器の製造が可能」と語った。この情報を基に一時イギリス政府は大騒ぎになった。』(引用:Wikipedia)

⑧『1978年3月11日、福田赳夫内閣総理大臣は参議院予算委員会で次のように述べた。「たとえば万一核不拡散条約、これを日本が脱退をするということになった場合には、条約上の遵守義務というものはありませんから、先ほど申し上げましたような間接的意味における憲法に由来する九十八条の問題というものは消えちゃうんです。第九条の問題だけが残るということなんです。憲法全体の思想といたしましては、私は、第九条だと思うのです。第九条によって、わが国は専守防衛的意味における核兵器はこれを持てる。ただ、別の法理によりまして、また別の政策によりまして、そういうふうになっておらぬというだけのことである。』(引用:Wikipedia)

⑨1979年、ソ連がアフガニスタン侵攻をすると、清水幾太郎(社会学者)が『核の選択-日本よ 国家たれ』を発表し、日本も核武装して抑止力を持つべきだと主張しました。

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