腑に落ちないSMAP解散の経過

〈腑に落ちないこと〉

〇 5人のグループの1人(木村拓哉)を差し置いて、残り4人で解散が発表(8月14日未明)されたこと。
〇 解散の一報をハワイで知らされた木村拓哉が、その後、1週間もハワイに滞在して帰国は8月22日だったこと。やっぱり、木村拓哉と他のメンバーとの間には溝があるのかな。
〇 SMAPはデビューしたときは、15歳前後の子供でしたが、現在は40前後の立派な大人。その彼らが身の振り方を自分の意志で決められない芸能界の古い体質。タレントは芸能事務所の商品だとは思いますが、それ以前に基本的人権を持った人間だぞ。

ところで、SMAPの解散報道が世間を賑わせていますが、
僕はこれら一連の報道の中でもう一つの驚きがありました。
それは、SMAPは発足当初、6人目がいたということです。
その名は「森且行(もり かつゆき)」さん。

(20数年前を思い出すのですが、SMAPはいつのまにやら、ビッグに
なっていたという感じですね)

元SMAP森且行のインスタ削除か 「森くん可哀想すぎる」とファン悲痛
デイリースポーツ 8月22日(月)21時54分配信

元SMAPのメンバーでオートレーサーの森且行のインスタグラムが22日、「このページはご利用いただけません」との表示になった。削除されたとみられる。ネット上には「森くん可哀想すぎる」などと悲痛な声が見られた。
14日にSMAPの解散が発表となった後、森のインスタにはファンからの書き込みが殺到。18日までに通常の3倍となった。「森くん、、SMAPが、、解散イヤだ、、」などと悲鳴にも似た声などがあり、SMAPのメンバーがSNSに関わっていないため、森のインスタがはけ口になったとみられる。・・・・(以下略)最終更新:8月22日(月)21時59分

SMAPと聞いても、僕の頭の中には6人目はもう全く
意識にのぼっていませんでした。
女性グループには、もう少し興味は持っていたはずなんですが、
男性グループのSMAPにはあまり・・・(ファンのみなさん、スミマセン)

 

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さて、森且行さんは現在、現役のオートレーサーとして
活躍しており、一線級のレーサーとのこと。

ということで、この機会に、SMAPの足跡と解散の謎について
調べてみたいと思います。

多くの皆さんにとっては、「今さら、何言ってんだ」という
ことでしょうから、その際は、スルーしてくださいね。

SMAPの歴史

1 結成当初

1988年(昭和63)4月にスケートボーイズのメンバーから6名を選抜して、
SMAPを結成しました。
結成当時のそれぞれの年齢は、
中居さん15歳、木村さん15歳、稲垣さん14歳、森さん14歳、
草彅さん13歳、香取さん11歳で、
平均年齢は14歳でした。

グループ名は事務所社長・ジャニー喜多川氏が
「Sports Music Assemble People」の頭文字をとって命名したそうです。

1991年1月1日の日本武道館での初コンサートでは、CDデビュー前にも関わらず
約3万人を動員しました。
同年9月9日、「Can’t Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。
同時に、バラエティ番組やテレビドラマなどに活動の場を広げ、
『第42回NHK紅白歌合戦』に同曲で初出場しました。

2 前身の『「スケートボーイズとは』

スケートボーイズは、ジャニーズ事務所所属のアイドルグループで、
1987年(昭和62)の秋に結成されました。
SMAPの前身となるグループで、光GENJIが『ガラスの十代』を
歌うときにそのバックでスケートボードを披露するグループとして
初登場しました。
そういえば、当時、光GENJIのステージで、男の子たちがスケートボードを履いて
クルクル動きまわっていたのを覚えています。

僕はこの『ガラスの十代』が好きで、単身赴任していた当時、
車の中でよく聞いていたんだな。

1988年(昭和62)4月になって、主要メンバー12名で正式にスケートボーイズとして
お披露目し、結局、延べ20名近くのメンバーが活動したようですが、この中から
6名が選抜されて、SMAPが結成されることになりました。
その後、しばらくはスケートボーイズも、SMAPと並行して活動していました。

また、初期のSMAPには、スケートボーイズの松元治郎、岩佐克次と、当時、
まだジャニーズJr.だった坂本昌行、佐藤功、国分太一の計5名が、サポート
メンバーとして参加していました。
(※ 佐藤と国分の2名は、SMAPの初期メンバーを経てから、後期のスケートボーイズに参加)

SMAPの正式メンバーに選抜されなかったメンバーは、全員、後に
「平家派」として活動しましたが、1990年初頭には消滅しました。

3 解散報道(2016年1月13日)について、森且行さんに聞いた

解散するらしいとの最初の報道(2016年1月13日)があった後、ネットに次の記事が投稿されました。

SMAP解散報道を森且行に直撃、その陰にあった過去の誓い
女性自身 投稿日: 2016年01月19日 00:00 JST連日続くSMAPの解散報道。中居正広(43)、稲垣吾郎(42)、草なぎ剛(41)、香取慎吾(38)の4人を事務所に戻すべく、木村拓哉(43)が事務所に掛け合っているとの報道も。そんななか、18日に生放送された『SMAP×SMAP』(フジテレビ)で5人揃って出演。メンバー全員で謝罪した後、木村が最後に「これから自分たちは、何があっても前を見て、ただ前を見て進みたい」と約束した。‘91年にデビューしたSMAPだが、最初から順風満帆ではなかった。当時はアイドル氷河期と言われる時代。バラエティ番組に見いだしたものの、慣れない路線に戸惑いスタッフに怒られる姿も目撃されていた。そんなメンバーの結束と地道な努力によって、ブレイクを果たしたSMAP。最初に訪れた危機は、96年の森且行(41)脱退だった。・・・・(中略)
脱退するメンバーに誓ったSMAP存続という決意。それが揺らいでいるなか、元メンバーは何を思うのか。1月14日、レースの前日検査のために西川口駅を訪れた森を直撃した。

――森さん、女性自身です。SMAPの解散騒動について、どう思われますか?

「……」

記者を見ると、何も答えず走り始める森。その後も「心配では?」「メンバーから相談は?」と声をかけたが、一度も答えることなくタクシーへと乗り込んでいった。だがその張り詰めた表情が、彼の不安な胸中を物語っているかのようだった。

「森くんが脱退したときから、メンバーの間ではSMAPとしてのプロ意識が明確になりました。実際、中居くんは『森の脱退以降、解散は一度も考えたことがない』と漏らしていたそうです」(テレビ局関係者)

01年には稲垣が、09年には草なぎが逮捕されるという事件も。そのとき2人が考えたのも「SMAPに迷惑をかける」という後悔の念だった。だが、メンバーの絆は切れなかった。

・・・・(以下略)

期待して読みましたが、「何だ、森且行さんは、何も語っていなーい!」

4 解散報道(2016年1月13日)以後。そもそも、この解散騒動の発端は何だったんでしょうか。

マスコミでは、ジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と飯島三智マネージャー(SMAP担当)
との確執があったということです。

もともとスマップをここまで育て上げたのは、飯島三智マネージャーということに
なっています。

スマップは結成当初は、ジャニーズ事務所で二軍扱いであったものを
飯島マネージャーがバラエティー番組などに積極的に進出させることで
知名度を上げていき、ここまでの国民的アイドルに育て上げたということです。

ただ、当時、この手法は芸能界では一般的ではなく、アイドルをバラエティー番組に
出演させるようなことはタブーだったようです。

それで、このタブーを破ってスマップをここまで成長させた飯島マネー
ジャーを事務所創業一族のメリー副社長や娘の藤島ジュリーさんたちが
快く思わなかったということです。

僕はこれは「有り」だと思いますね。
一言で言えば、メリー副社長や娘の藤島ジュリーさんが、成功した社員の
飯島マネージャーに「嫉妬」したのだと思います。

創業者一族の役員から見れば、飯島三智マネージャーはただの社員。
自分の部下が、創業者一族の自分たちを差し置いて、社内で発言権を強め
ていく過程で、「部下のくせに」的な「嫉妬」が芽生えてきても不思議な
ことではありません。

その結果、飯島三智マネージャーはスマップを引き連れて事務所を
去り、独立する方向で動いたのだと思います。
ところが今年の1月段階では、その際、木村拓哉一人がジャニーズ事務所脱退に
同調せず、残留を表明したということですね。

そうして、結局落ち着いた形は、スマップはこれまでどおりジャニーズ事務所で
活動を続け、飯島三智マネージャーは退社するというものでした。

ただ、この点については、ジャニーズ事務所側がマスコミに、
一方的な情報を流して飯島さんを悪者に仕立てあげ、解散騒動を収束させる過程で
飯島マネージャーだけを追放する筋書きだったというのが一般的な見方のようです。

その後、今日までSMAPは活動を続けていましたが、芸能界には門外漢の
私でも「グループとしてのSMAP」の継続は無理だろうなと
感じていました。

そうして今回(8月14日)の正式な「SMAP解散」報道です。

5 SMAP解散の真実~SMAP解散の最新報道(8月)から

結論から言うと、ジャニーズ事務所とSMAPと飯島三智マネージャーの三者の間で、
昨年から協議が行われており、SMAPと飯島三智マネージャーが「暖簾(のれん)分け」のような
形で独立するということが決定していたというのです。(経営上、親子会社になるのか
どうかはわかりませんが、いずれにせよ、ジャニーズ事務所の影響下にある
ということでしょう。)

ところが、いざ、独立となったとき、木村拓哉が態度を翻し、ジャニーズ事務所への
残留を表明し、その結果が1月の解散騒動だったというのです。

その後、事務所側の調整もあって、芸能活動を縮小しつつ休業のような
形でしばらくは冷却期間を持とうとしていたのが、中居正広、稲垣吾郎、
草なぎ剛、香取慎吾の4人がジャニー喜多川社長のもとを訪れ、
香取と草なぎが解散を強く主張したとのこと
その結果、急遽、解散という結論に至ったということです。

SMAP突然の解散発表8・14は業界の掟/連載4
[2016年8月18日15時58分 日刊スポーツ 紙面から]
<SMAP解散の真相(4)>・・・・(前略)
個別面談を終えると同時に、番組側に休業と番組終了を希望する意向を伝えた。各テレビ局幹部やスポンサーにも内々に休業を報告。発表は関係各所への根回しが完了する14日に設定された。それが事務所から正式発表できる最速のタイミングだった。ところが発表4日前の今月10日、「休業」が「解散」という結論に一変した。休暇でハワイに滞在している木村拓哉を除く、中居正広、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の4人がジャニー喜多川社長のもとを訪れた際、香取と草なぎが解散を強く主張。稲垣も同調した。事務所幹部に「休業か解散か」と2択を迫られたリーダー中居も3人の意向を受け入れた。翌11日の役員協議で正式に解散が決定。内容が「休業」から「解散」に変わったが、発表は「SMAP×SMAP」終了時期から逆算する形で、根回しなどを終えた14日に決行された。
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