日馬富士の暴行傷害事件に端を発した混乱が続いています。

その一番大きな原因は相撲協会が問題解決の能力を持っていないことであり、とりわけその

代表である八角理事長がモンゴル人横綱にしっかりとした対応ができていないということです。

 

さて、このことは後にして、この投稿では相撲・武道の品位・品格、礼節とは何かについて、

できるだけわかりやすく説明したいと思います。

 

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私は、50年以上、武道を稽古してきましたので、品位とか礼節という言葉は非常に身近な

ものでした。

特に剣道は、「礼に始まって、礼に終わる」というほど、礼節を大切にします。

そのことは剣道のルールにも反映されており、有効打が決まった際、もしガッツポーズを

取ったら、せっかくの有効打が取り消されてしまいます。ガッツポーズは負けた相手に対

して「礼」を失するからです。勝った者の敗者に対する礼儀がないということです。

したがって、応援する場合も、他のスポーツのように鳴り物を叩いたり、大声で声援を送る

ということは禁止されています。

 

この辺りの感覚がモンゴル人横綱が特にわかっていないことです。

彼らは言葉としては「礼節」「品格」を知っていますが、それが何を意味しているのかは

全くわかっていません。

それは白鵬の審判に対する無礼な態度や、取り組みにおける「かちあげ」など横綱らしからぬ

行為、貴乃花親方が同行するなら巡業に出ないなど見当違いな発言、暴行事件が決着してい

ないのに「万歳をしましょう」などと見当違いな発言をしていることからもわかります。

 

礼節・品格はかつての講道館柔道も大切にしていましたが、オリンピックを通して世界中に

柔道が普及した結果、講道館柔道の精神は外国人選手にはあまりに受け継がれず、

外国人選手が勝った場合はガッツポーズするのは当たり前になってしまいました。

それどころか、ポイント制になってから、試合の残り時間を畳の上で逃げ回るようなメダル

取得選手も現れました。

こういう逃げ回るような試合が、品位のない試合で、選手に品格や礼節がないのです。

勝つために残り時間を逃げ回るなど、日本選手にはない考えです。

ですので、日本人選手がポイント制の柔道で外国人に勝つのは大変なことなのです。

日本人選手は恥ずかしい試合はできないという考えがあるので、勝つために手段を選ばない

というような試合運びはできないのです。

剣道でも国際試合があるので、この辺りの試合態度は非常に顕著にでます。私の見たところ、

欧米の選手は非常に礼儀正しいのですが、ある国の選手は非常に無礼な試合運びをしたり、

ルールでは許されないのに審判に抗議をしたりします。白鵬の態度にそっくりです。

 

さて、武道・格闘技は色々あるのですが、相撲はその中のどこに位置するのでしょうか。

格闘技と言っても古代ローマの格闘ではありませんので、命の取り合いをするわけではあり

ません。ルールを定めた上で命のやり取りはしない、重傷を負わせないという了解のもとで

真剣勝負をするのです。

さて、この真剣勝負の中身もいろいろあります。

武道・格闘技団体はプロ団体がほとんですから、観客を大勢集めて興行を行います。

ですので、観客を集めないことには始まりません。

 

技の真剣なかけ合いを観客に見せて、それで観客を魅了する要素の一番強いものが、

プロレスです。

リングのポールの上から、リングに横たわっている相手の上に本気で飛び降りて、膝蹴りを

食らわしたら、最低、肋骨は折れるでしょうし、内臓破裂も不思議ではありません。

しかし、膝が相手を直撃しないように、そして反対側の足で大きな音がするように

上手に技を出し、蹴られる方も上手にそれに合わせます。

見ている観客はそれをみて「なぜ、真剣に膝がしらで肝臓・腎臓を狙って蹴らないんだ」

なんて文句を言う人はありません。

 

一方、その最極端にあるのが、剣道です。

剣道は武道として、剣術がルーツですので、まさに武士道の精神を引き継いでいるといって

いいでしょう。ただし、誤解しないでください。剣道が一番偉いと言いたいのではあり

ません。

さて、剣道にはプロ剣道というものは全く存在しません。柔道にもプロ柔道という興行はあ

りませんが、世界に柔道を広めた結果、主導権は外国に移ってしまい、講道館柔道が変質し

ていることは前述しました。

 

さて剣道はこのように、お金とは縁ががありませんので、全日本選手権大会で優勝、すなわち

日本一の剣士になっても、得られるのは栄誉だけです。

したがって剣道家は、品位・品格そして礼節を大切にするのです。

日本一の剣士に恥じない立ち居振る舞いをするのです。

相撲で言えば横綱の地位でしょう。

剣道家はたとえ審判の判定ミスがあっても、そんなことに決して文句はつけません。

日本一を争うような試合に出て、負けた後、「実はおれが勝っていたんだ、審判の判定ミス

だ」なんてことをテレビ取材で言ったりはしません。もし、そんなことを言ったら、

日本中の笑いものになります。

今はビデオで映像を取りますので、スローモーションが流されます。ビデオで見ると、

確かに審判のミスだということがわかる場合があります。

かつて、全日本選手権で、宮崎正裕選手(神奈川県代表)と栄花直輝選手(北海道代表)の

対戦がありました。

攻め込んだ宮崎選手が面を放ち、対する栄花選手は首を傾げて宮崎選手の竹刀を自分の

竹刀で受けて、すかさず一瞬にして面返し胴を打ったのです。

打つ方もそれを受けて返し技を打つ方も、0.1秒程度の瞬時ですので、当時テレビ観戦して

いた私にもよくわかりませんでした。しかし、審判として旗を上げるとしたら、宮崎選手の

面に上げたと思います。なぜなら攻めて出たタイミングと言い、打った時の音(結局これは

栄花選手が竹刀で受けた音だったのでしょう)と言い、宮崎選手の竹刀が栄花選手を打った

と判断しても無理からぬ状況でした。

果たして審判は3人とも面を打った宮崎選手に旗を上げ、宮崎選手の優勝となりました。

しかし、試合のビデオをスローモーションで見ると、栄花選手が見事に相手の竹刀を受けて

返す刀で宮崎選手の胴を切っているのです。神業の返し胴です。

おそらく狙っていたのでしょう。

しかし、あまりにも宮崎選手を引きつけ過ぎたため、宮崎選手の放った面技が見事に当たっ

たように見えてしまったのです。

あとで、栄花選手は、そのことを聞かれて、審判が相手に旗を上げたということは、誰が

見てもその瞬間は自分が劣勢だったということ、次はだれが見てもわかる態勢・技で勝ち

たいと語っていました。

日本一を争うような選手は(もちろん末端の選手も)このように負けたからと言って、審判

に文句を言わないのです。それが武人としての、潔さ、相手や審判への礼節、そうしたもの

から表出する品格なのです。

武人として何をしたら恥か、何を言ったら礼を失するのかということがわかっているのです。

皆さん、白鵬の態度・言動と比べてみてください。白鵬のどこに品位・礼節があるのでし

ょうか。

さて、相撲の話に戻りましょう。

完全に格闘技ショーとして成立し興行が成り立ち、多くのファンから愛されているプロレス、

そして全くプロの世界がなく興行とは無縁の剣道の間のどこに相撲は位置しているのでしょ

うか。

相撲は歴史的にも、興行として江戸時代の庶民の娯楽として大きな存在でした。

かつて相撲界に君臨していた吉田司(よしだつかさ)家との関係や神事との関りも

強かったのですが、まず江戸時代の庶民の大きな娯楽・楽しみだったと思います。

ですので、関係者は相撲で飯をくっているのですから、興行的な要素が強くなっても

それはそれで自然なことだと思います。

 

かつて、相撲にはいわゆる八百長があって、それを隠語で「注射」と呼んでいました。

ただ、この「注射」は暴力団が組織的にやる八百長みたいなものではなかったと私は理解し

ています。

番付を見れば、角番の力士がわかりますので、自分の星を計算しながら、ここは角番力士の

ために負けてやるかなと考え、上手に負けてやり、そのことは相手にわかり、いつかお返し

をしなくちゃ、というような阿吽の呼吸で行われる、いわば「思いやり相撲」だったと思

います。

ですから、相撲通はそのあたりも相撲観戦の楽しみにしていて、「やあ、今日の取り組みの

何某は、上手に転んだな。あいつの負け具合は天下一品だ」なんて楽しんでいたのではない

でしょうか。

しかし、それが行き過ぎて見え見えになると、今度は観客が不愉快になります。

朝青龍みたいな傍若無人な横綱が出てくると、きっとそういう弊害が大きく出てきたはず

です。ですのでモンゴル人力士の間では八百長があるのでは・・・というような話が出てく

るのです。

力士はあのような巨体がぶつかり合うのですから、ガチンコ勝負を毎回やっていると、体を

痛めてしまいます。

そのあたりをうまく調整していたのが、阿吽の呼吸でおこなっていた注射というものかもし

れません。

さて、そんな状況の中で、日本の武道の精神が伝わりにくいモンゴル人力士が相撲界の

上位層に数多く存在するようになり、弊害が強く出てきているのだと思います。

そのことは特に、横綱・朝青龍以降のモンゴル人横綱の行動・言動に現れています。

文化が違うので、「品位」とか「礼節」というような抽象的な日本の概念はモンゴル人力士

にはわかりにくいでしょうし、そもそも彼らは日本文化の継承・日本文化の表現者になろう

として来日しているのではなく、豊かな日本の相撲界で成功したいという気持ちで来ている

はずです。

勝って勝って勝ちまくって、横綱に上り詰め、お金を稼いで故郷に錦を飾りたいと考えてい

るはずです。

ですので、勝たなければ意味がないので、品位がなかろうが礼節がなかろうが、横綱として

品格がなかろうが、審判に文句をつけてでも「勝ち」を取りにいくのです。

ですので、白鵬は横綱であっても、品格などわかっていないので、価値を取るために

「かちあげや」「猫だましなど」を平気でするのです。負けた相手をさらに押し倒すのです。

日本人横綱は、そんなことは横綱として恥ずかしいのでしないのです。

貴乃花親方は、モンゴル人力士を中心とした「恥知らずな取り組みを」を拒否し、審判に文句

を付けるような「礼儀しらず相撲」に、待ったをかけているのです。

そして、そういうモンゴル人力士を野放し状態にしている現在の八角理事長態勢に異議申し

立てをしているのだと思います。

しかし、一方で相撲が剣道のように、真剣勝負だけで成り立っていくのかという心配があ

ります。

貴乃花親方に「注射」を認めよと言っているのではありません。

組織を変えたいのであれば、やっぱり仲間を増やしていくゆとりがないとね。

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