教員志望必見!衝撃の匿名ダイアリー「教育困難校に勤務…もう無理」解決方法は?

教育困難校に勤務してるけど、もう無理』という2017年2月7日付けのはてな匿名ダイアリーを読みました。

筆者の教師は、文面から公立高校の国語科の既婚女性だということがわかり、ひとまず安心しました。それは、ご主人も教師ということですので、お互いに悩みや苦労を話し合う事ができるからです。一人で抱え込むのが一番、心配なことです。投稿にあるような状況が続けば、うつ病を発症することだって大いにあります。

ネット世界では、アクセス稼ぎのフェイク情報がほとんどなので、「話半分」で見ているのですが、この『教育困難校に勤務してるけど、もう無理』は本物だと思い、この「なるほどブログ」に取り上げました。
なぜ、本物と判断したかって?
それは、教師である自分がそう判断したからです。質屋が本物を理屈抜きに見抜くのと同じです(^^♪

私はまず、投稿者の先生(一応、増田さんと書かれていましたので増田先生と呼びます)を応援しいですね。
コメント欄を見ると、深く考えたコメントはあまり無いようです。
中にはゴミコメントもあって、増田先生の問題提起を全く理解していないし、理解しようともしていません。「教師を辞めたければ、文句言う前にさっさと辞めろよ」みたいな雰囲気のコメントはちょっと良くないね。

まあ、私も、ゴミコメントを真面目に論じる気はありませんので、それはほっときますが、きっと人のことを悪し様にいって、フラストレーションを発散しているのでしょう。

ネット上では「悪し様に言う」人が多過ぎるように思いますね。癌と戦っている「海老蔵」さんや「小林麻央」さんのブログにまで、「広告代稼ぎだろ」なんてコメントする輩がいます。
困ったことです。

ですので、増田先生、ネットでの悪口コメントは一切、気にすることはありません。
悪口を言いたい人は、投稿してやろうというエネルギーだけは強く持っているので、表面上は悪口コメントが集中する形になるのですが、現れた悪口の何万倍もの共感者がいるはずです。増田先生の投稿を見て「なるほどなあ」と共感する人は多いのですが、コメントまで書く人は少ないのです。

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まず、増田先生の投稿を読んでみましょう。

教育困難校に勤務してるけど、もう無理

最近、東洋経済オンラインの教育困難校シリーズを読むと泣きたくなる。

これ、うちの職場の話だ、と思って、泣きたくなる。

これ、どこにでもある話なのかな。

日本全国?

日本、まずくない?

毎日、授業にもならなくて、毎日、ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、

ちょっと強く言ったら、

教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、

でもそれが教員の仕事でしょ、って言われて、

そういう子に情熱を傾けるのが教員でしょ、それがやりたくて教員になったんでしょ、って

そんなわけねーだろ、バーーーカ!!

こんな目に遭うことまで想定して、教員になる奴なんていねーよバーーーカ!!

そりゃ仕事だから、時間かけて生徒には関わるよ。保護者とも話すよ。

すぐに結果が出ないってことだってわかってるよ。卒業して何年も何年も何年も経ってから、本人も気づかないところで人生に少しでもプラスになれば万々歳で、そうじゃないことばっかりだってことも理解はしてるよ。

公務員の給与プラスアルファで、朝7時から夜9時まで、昼休みなんて、パンを体内に詰め込む5分くらいで、クレームにうまく対応しながら、全く学校に行かない日なんて月に2、3日でも、休みの日だって狭い生活圏で、あの人は先生だって周囲に見られながら生活して、それでもそういう仕事だって、思ってるよ。

そりゃ、世間やネットで騒がれるアホな教員もいる。生徒にバカにされて当然っていう教員もいる。一つの専門分野に偏った知識だけがあって、コミュニケーションが苦手で。いわゆる発達障害だよね?っていう、生徒とも同僚ともうまくいかない、黒板と問題集だけがお友達の教員もいるよ。別にそれに特化して受験指導で力を発揮してるならいいよ。教育困難校にいたら、本当にただただプライドが高いだけで邪魔だけど。

でも、教育困難校で、罵詈雑言を浴びながらも生徒と向き合って頑張ってる人もいるんだよ。これまで大人にかまってもらえなかった生徒たちに少しでも役立つ知識と経験を、と思って毎日授業を工夫してる人だっているんだよ。

どんなに無茶苦茶言う生徒にも、説教するけど、最終的には皆でフォローするよ。

児童相談所に保護されると学校通えなくなるから、どんなに親に虐待されようと保護されるのだけは嫌だって泣く生徒を家に置くこともあるよ。

発達障害で親の言うことが理解できなくて家を飛び出した生徒を迎えに夜中2時に隣町まで車を走らせることもあるよ。

でも、毎日毎日毎日毎日

そんなことを言われて、そんな対応をされて

そりゃ鬱になるよ。やりたくなくなるよ。一生懸命やるだけ無駄だって思うよ。

好き勝手やってる生徒たちにも事情や背景があるのかもしれない。それをできるだけ汲み取りたいとも思うよ。

でも、事情があったら、教員は何でもかんでも受け止めなきゃいけないのか。

いい加減にしてほしい。

別に学校に来なくたって社会で生きていける奴はたくさんいるんだよ。学校だけが世界じゃない。全然学校にこだわる必要はない。

学校が苦しいなら、いくらでも道はある。

勉強も、コミュニケーションも、経験も、学校以外でもできるようにしてくれている大人がたくさんいる。

だから、別に無理して学校に来る必要はない。邪魔だから退学しろ、ではなくて、きっと君にもっとぴったりの道があるよ、って思ってしまう。

高校は、社会に出てから少しでも苦労しないように色々経験するところで、好きにやりたいなら、社会に出たらいい。

そう思ってしまうのは、教員失格なんだろうか。

全国、いろんなところにあるらしい教育困難校の先生。

しんどいですよね。

私は今日は久しぶりに8時に帰れました。

試験期間に入ったからです。

これから1週間で試験を全部で4つ作ります。

国語なので、採点も大変です。

しんどいです。

私はもう次年度いっぱいで辞めようと思っています。

転勤も、研究発表とかに時間を費やしている器用な人ばかり優遇されて、嫌になったし。

あなたは大丈夫ですか。

自分を保ててますか。

困難校の様子や事情、増田先生の置かれている状況がよくわかります。
さて、この投稿のあとに、次の追記が投稿されています。

これであってんのかな 

使い慣れてないからこれであってるかわかんないけど、増田です。

いろんな人が読んでくれたみたいで嬉しい。

いくつか追記する。本文が長過ぎるからこっちに。

辞めるなら無敵じゃん?っていうのは、個人的にはその通り。辞めてもいいって思ってからは、処分食らってもまぁいいだろ、こっちも好き勝手やろうって気持ちではある。しんどいけど。

でもこれは私が結婚していて、なおかつ旦那が同業者で理解があって、辞めても何とかなると思っているからで。

そんなに簡単には辞められない人は、もう彼らと付き合っていくしかない。(ぶっちゃけ教員しかやったことがない人間が完全に異業種に転職って、かなり難しいと思う。)彼らを殴ったら、それこそニュースになって大変な目に遭う。そういう同僚たちや、同じような状況にある同業者たちの気持ちを込めたエントリでもあった。

それに付随して、次年度はとりあえずやろうと思っていることについて。これは、いま自分が抜けたら頑張ってる一部の生徒と、同僚たちを放り出すことになる気がして、それはそれでしんどいから。きちんと引き継いで整えて、頑張ってる生徒や同僚の負担や不安は少なくしたい。関わった以上は。

自分でもアホだなー矛盾してるなーとは思うんだけれども。

基本的に教員の仕事って、みくりさん的に言うと愛情とか、やりがいの搾取によって成り立ってるから、生徒のことが可愛いなら頑張れますよね!?成長見られて嬉しいから耐えられますよね!?っていうので成り立ってるから、危険なんだけど。

もし周りに頑張ってる先生がいたら、言葉にして直接伝えてあげてほしい。頑張ってるんだね、大変だね、ありがとうって。特にお子さんがいる保護者の方々。

それだけでかなり救われるはずなので。

あ、ちなみに私自身はまだ鬱だとかは診断されてない。慕ってくれる生徒もいる。だから何とか明日も、もう今日だけど、出勤するよ。頑張り過ぎないようにするよ。

書きながらまた眠ってしまった

2017.2.10

こんばんは、教育困難校に勤務してる増田です。

昨日(エントリを書いた次の日)の昼休みにパンかじりながらスマホをチラ見したら、エントリがすごいことになっててうろたえた。目に入ったコメントに泣きそうになったからそれ以上は見なかったよ。

仕事から帰ってきてセブンイレブンのおでん食べながら、ざざーっとコメントとか関連エントリを読みました。セブンイレブンのおでんは白滝が好きです。

読みながらちょっと感動して、いろいろ書きたくなって書いたんだけど、疲れすぎてて気づいたらソファで寝てた。書いたものは消えてた。スマホめ、グーグルアプリめ。

で、仕切り直してもう一回、今日、いま帰ってきて、書いてます。揚げ鶏食べながら。

長くなってしまうかもしれないけど許してほしい。

エントリをたくさんの人が読んでくれたみたいで、東洋経済の教育困難校シリーズも読んでくれたかな。そうだったら嬉しい。

こんな状況があるってことを、少しでも多くの人に知っててもらえるだけでも、同じようなしんどい思いをしてる同業者たちにとっては、きっと心強いと思う。

単純な感想としては、まずこんなにたくさん反応をもらえるとは思ってなかったというのと、その中でも好意的というか、問題をすごく深く捉えてくれている人たちが多くて驚いた。あと励ましも。嬉しかった。

自分頑張ってるアピールうざい、みたいにもっと言われるかと思っていた。意外と言われなかった。なんかごめんなさい。

実は、あのエントリの中で書いたことには、私の経験だけじゃなく、私が教員として信頼している人、尊敬している人の経験も混ざっている。全部が全部、私が現在進行形で抱えている事象ではないのでご安心を。まぁ、じゅうぶんしんどいけどね。

だまされたと感じた人がいたらごめんなさい。いろんな形で頑張って、生徒と向き合っている人たちがいることを伝えたかった。もちろん勤務時間外の対応は別に義務でもないし、勝手にやってるだけと言われればそれまでなんだけど、生徒の大変な状況を目の前にして放っておけないって人が多いんだと思う。うちの旦那さんとかね。

私はどちらかといえば、職業教員というか、仕事だから、って割り切っているほうだと思う。だから、同じようにしんどい思いをしていた旦那さんに肩入れし過ぎだって言ったこともあるし、熱い前担任からクラスを引き継いだときは、やりにくいと思った。

私が生徒に時間をかけて関わるのは、そうしないほうが大変なことになるということを経験してるから。どんなに罵詈雑言を浴びせられても、授業以外でも生徒たちと関わる時間を最低限とって、個別に声をかけて、あなたのことをきちんと認識しているよ、見ているよ、ということを相手にわかるように伝えてあげないと、今よりもっと大変なことになる。そこで少しでも信頼関係がつくれたら、そこを拠り所としてなんとかやっていける。うまくいけば、その子の拠り所にもなれる。

でも、罵詈雑言を浴び続けて、心が折れて、生徒と一切関わらなくなった人もいる。気持ちがわかるだけに、本当につらい。けど、本当にしんどい。

そうなると、その人の授業はさらにひどい地獄絵図になる。その指導や巡回を他の教員がすることになって、自分のために使う時間がさらに削られる。職員間の関係性も悪くなるという負のスパイラル。

つらい。

私が首都圏、都市部で勤務しているのでは?という声を見かけた気がするんだけど、地方の公立高校国語科教員です。都市部で働いたこともありますが、いまは担任も分掌の仕事や、その他の主任業務も当然かけもちくらいの規模の学校にいます。分掌っていうのは、教務とか進路とか、生徒指導とか生徒会とか、授業そのもの以外の学校の業務もろもろ。大規模校だと、担任業務か分掌業務かどっちかだけで良いパターンもある。

ちなみに、学校で絶対にやらなければならない授業以外の業務ってほぼ一律で、絶対量はどんな規模の学校でもほとんど変わらない。

だから、職員数と授業以外の仕事量はほぼ反比例する。規模が小さくなれば職員数が減るので、単純に一人当たりの仕事量が増える。あと、受け持つ授業の種類も増える。小規模校の先生はどこも大変だと思う。情報共有がしやすいというメリットはあるけど。

だから大都市の大規模進学校に行きたい教員が多い。生徒はおとなしいし、仕事量は少ない。自分の得意な分野で勝負できる。定時で帰れる人も多い。

ある程度の進学校にいた人たちは、高校の先生って楽そうだな、そんなんでお金もらえるなんていいな、って思ったことあるんじゃないかな。私は思ってた。バカにしてた。

でも全然違ったよ。世の中にはいろんな学校があって、いろんな先生がいた。進学校にも、進学校の良い先生がいる。

脱線した。

私は、辞めようと思ってる。決心したのは本当に個人的な理由なんだけど、流産したから。

誤解しないで欲しい、別に生徒に何かされたわけじゃないよ。私の体の問題なんだと思う。

でも、それをきっかけに自分の生活を大事にしたくなった。自分の子どものことを考える生活をしたくなった。それだけ。ありがたいことに、私が無理して働かなくても生活はしていける環境もある。

辞めるって思ったら、ちょっと楽になった。逃げるは恥だが役に立つ。

最初のエントリ、言葉遣いもひどいし、差別的に感じるところもあったと思うけど、私の正直なところだった。

発達障害については色々思うところあるけど、長くなるからやめておく。

差別と言われればその通りだと思う。たくさんの発達障害の生徒や教員(旦那を含む)と付き合ってきた上で、私は差別というか、区別している。人間誰でも苦手なことはあるし、発達障害はその延長線上だし、フォローし合えばいいと思う。でも、コミュニケーション必須、むしろそれが全て、という教員という職業に就いていて、コミュニケーションが苦手なので自分の好きなように授業だけします、っていうのは許されないと思う。どんなに進学校でも、もちろん教育困難校でも。

長いですね。すぐ語っちゃう。

誰かに聞いて欲しかったんだな。

この職に就いたばかりの頃にお世話になった先生に、「誘ったらすぐ飲みに行ける異業種の友達がどれだけ居るか、が良い教員かどうかのバロメーター」って言われたこと思い出した。最近、飲みにも行ってない。狭いな。飲みに行きたいなー。

色々、わーわー言いましたが。

お子さんがいる保護者世代の方々、理解してくれている人たちがいると思うと心強いです。ありがとうございます。

エントリをきっかけに色々考えてくれた方々、心配や励ましをくれた方々、ありがとうございました。勇気付けられたり、気付かされたりしたことがたくさんありました。

教職経験者の方々、共感やアドバイスほんとに嬉しかったです。泣いた。

さて、問題点はどこにあるのでしょうか?

教育現場にいる私も考えてみました。

1  まず、一番の問題点は高校の教育制度です。おそらく高校の通学圏が全県一区か中学区圏になっています。

こうした制度の建前は、広域の通学圏を設定することで、「生徒が自分好みの学校を自由に選択できる」、「良い自由競争は子供の学力を高め、すべての子供の学力を底上げすることになる」というものです。

聞こえはよいですが、子供たちに自由競争の場を与えたのですから、各都道府県の公立高校が、ナンバー1から最下位までくっきりと序列化されます。

また表面上は、学力テストという公正な子供の入学試験ですが、実際は子供の学力に親の経済力が大きく影響しています。
経済的に豊かな家庭の子供は、学習塾や稽古事や中には海外への留学など、親から多くの教育機会を与えられています。

一方、経済力の弱い家庭では、一般的に親の学歴が低い、教育への関心が低い、教育投資額が低い等の顕著な傾向の中で、子供の学力も低くなっています。
毎日、虐待等のニュースが伝わってきますが、そうした家庭の親の職業は、無職かあるいは職業不詳等で100%経済的に不安定な家庭です。

このように、表面上は公正な入学試験ですが、高校入試を受ける段階で、親の経済力の優劣が子供の学力に色濃く反映しています。
その結果、どうなるかというと、経済力も学力も上の子供が上位校に入り、経済力も学力も低い子供が底辺校に集まります。
底辺校の中でも、最低辺の高校に最低の学力・最低の経済力の家庭の子供たちが、集まります。

このように現在の困難校の問題は構造的な問題であって、政治・経済の潮流と軌を一にしています。豊かな者はますます豊かになり、貧しい者はますます貧しくなるという現在の社会の在り方と同じです。
特に最近はその傾向が強いように感じますね。1970年以降の市場原理を最優先にする新自由主義(ネオリベラリズム)の結果ということなんでしょう。

(ただ、だから政治的に左派系、共産主義がいいなんてことでは決してありませんよ。)

私は教育委員会が、学校現場の教員をもっと公正・公平に扱うべきだと思っています。

具体的に言えば、

(1)困難校の経験者は必ず3年間で転勤させるというルールを作るだけで現場の教員は先が見えて、精神的に楽になると思います。

ここで難しい教育理念は持ち出さないでくださいね。現実は困難校で真面目な教員が苦しんでいるんです。それを解消することが先決問題です。
もちろん、困難校で引き続き頑張るという先生がおれば、その時はその意思を尊重してそこで頑張ってもらったらいいのです。

私は他府県の教師から、離島勤務について、そのようなルールがあるやに聞いたことがあります。これを困難校に適用することに何ら無理なことはありません。

(2)管理職(校長・教頭)に教育理念を持った人材を登用してください。

校長が、一般教職員の気持ちを理解できるような人であれば、現場はずいぶん変わります。
一方、上ばかり見ているような校長や教頭だと、現場の教員はずいぶんしんどいです。

増田先生の記述の中に、管理職の眼鏡にかなった研究指定担当の教員だけが、要領よく転勤していくとありました。こういうことが真面目に頑張っている教員の心を一番痛めつけ、希望を失わせることになります。

(3)さりとて、教育委員会(教育長以下)はすぐには変わりません。こんなとき、つまり増田先生の立場ではどうしたらいいのでしょう。

増田先生はどうやら退職する決心をされているようです。生活が成り立つのであれば、最善の決断です。誰に負い目を感じる必要もありません。
子育てにもよい影響があるでしょう。私も共働きで頑張りましたが、子供たちには今になって苦労をかけたと思っています。
そして、子育てが終われば、また教壇に立つ日も来るでしょう。非常勤講師の依頼などがきっとあるはずです。

もし、諸事情で退職することができない場合は、まず話し合える先生をつくってください。同じ悩み・苦労・苦しみを持っている先生が、職員室の中に1人くらいはいるのではないでしょうか。
その人と苦労を共有することはできないでしょうか。こうした問題は話し合える仲間がいることでずいぶん楽になるはずです。孤立することが一番、心身にこたえます。

悪ガキへの具体的な対応は、またの機会に書いてみます。

増田先生の3つの投稿に対する多くのコメントがありましたので、その中で、ちゃんとしたのを3つ挙げます。

1つ目のコメント

このコメントはやや、教条的な感じがありますが、増田先生の投稿に対する誠実な思いが伝わってきます。

ただ、私の見る限り、このコメントをされている先生の学校より、増田先生の学校の方がさらに困難な学校のように思います。

わかる。わかる。私も罵詈雑言を浴びせられていた。画鋲を投げられた。割れたガラスも撒かれた。

でもまだ教員を続けている。

それは少しずつうまくやるコツを身につけてきたから。

年を重ねるだけで楽になることがたくさんあるから大丈夫。これから毎年楽になる。

以下にコツのようなものをあげていく。

□学習に関すること

・「なぜ学ぶのか」説得力のある説明を頻繁にするこれは教員の年齢やキャラクターによって説得力が違うので、自分に合った言葉を真摯に探そう。響く子がいないと適切な言葉選びとは言えないが響かなくてもそういうものかと思わせることができるから、心の底から思っている信念のようなものをしつこく言おう。

・教えるポイントをしぼる

社会人として必須事項、親になった時に必要な事柄、将来の教養、入試基礎事項など教える目的を細分化し、そのクラスや生徒に合わせて優先事項から教えていく。

・簡単なテストから始める

例 ページにある漢字を10個ずつテストなど

多くの範囲から抜粋する形式のテストはやめる。勉強したものは全部出るテストにしたほうが取り組む意欲が芽生え、正答率が高くなり、次の学習のモチベーションが湧く。一度良い点数を取ると落としたくないと生徒は思うもの。

・定期試験の範囲は具体的に配点まで提示する

1つ上と合わせて、「傍線部の漢字が全部出て15点!」などとと言うとなお良し。

・定期試験の問題はなるべく減らす

難易度を工夫して問題数を減らす。とにかく採点のしやすさを重視して作問しよう。

採点しやすいテストでも学力的に問題なかった。テストはたった1日のことだから、日々の授業の工夫のほうが重要だった。

□生徒との関係について

・個別に信頼関係の構築を図る

クラス全体として良好な関係を作ることはあきらめ、1人ひとりと良い関係を作ることに努めよう。

具体的にはまず変化に気付くこと。髪形、持ち物、顔色、傷、など目についたことを口に出そう。ほめなくても良い。「髪切った」、「いつもと違う」、「手の傷どうしたの?」で充分。

次に生徒の手に渡るもの、目につくものは大切に扱おう。回収した小テストの類いも折り目がつかないように、汚れがつかないように。その行動が、自分は大切にされているという気持ちにつながる。

最後に、生徒に対して日常的に感謝や謝罪を口にすることも大事。対等な立場にいることを実感させる。

・生徒との約束事は必ず守る

上記と似ているけれど、大事なポイント。

例え無くしたプリントをもう一度渡すといった約束だったとしても大事にする。「渡すの遅くなってごめんね」など。

あなたとの約束が大事=あなたが大事というメッセージにつながる。さらに大人として約束を守る姿勢を見せることにつながる。

・年齢は言わない

女性教員は年齢を明かすメリットがない。

想定より老けていたら若作りと言われて、想定より若かったらなめられる。

□保護者対応

子どもは変わるが、親は変えられないので注ぐエネルギーはそこそこ、を念頭に入れて粛々と対応する。

実際には親対応は教員の責務ではないので、時間があればその辺を法律的に説明している弁護士さんの話を探してみよう。

私たちは生徒と向き合っていれば良いのだ。生徒に影響を与える大きな存在であるから保護者の相手をしているだけ。

最後に。

ババアとかブスとか死ねとか、ほんとうにつらいよね。

教員を人間と思っていないのかと腹が立つし、毎日気持ちが削られていく様で苦しい。

ただ長く教員を続けていくと、子どもたちが、日々親や大人たちから同じように罵られ、脅かされていることに気付いた。

結局昔も今も変わらず、子どもはいたいけで、純情で、よりよくありたいと願っているものだとわかった。

だから、教員が人生を賭けて情熱を傾けるに相応しい職業だと確信をもって言える。私は教員で良かった。泣きながら続けてきて良かったよ。すばらしいものをたくさん見たよ。

どうかあなたの疲れが癒え、子どもとの良好な関係が少しずつ生まれますように。

真摯に向き合えば、子どもが必ず助けてくれる。

あなたを見ている子が必ずいるよ。

2/9追記

この文章を書いたのは、端的に言えば元増田先生に辞めて欲しくないからです。

教員にとって、生徒にあるべき大人像を見せることも仕事の一つだと認識しています。

特に女性は、働くことにより経済的に自立して、それが精神的な自立につながっているところを見せる、という大事な責務があると思っています。

教育困難校に通う生徒たちは特に同質的な狭い世界で生きがちです。

その生徒たちに、結婚しても働き続ける女性である私たちを見せることは、非常に意味があること。

もしかすると、学力以上に自立して働く女性像のほうが貧困の再生産から彼らを救ってくれるのでは、と最近思います。

 2つ目のコメントです。

臨時採用で3年間、困難高校に勤務した人のコメントです。書いたのはたぶん若い男性だと思いますが、増田先生への応援歌です。書いてある内容は、困難高校の実態をよく表しています。

 俺も教育困難校に3年勤務した。

臨任、いわゆる代用教員ってやつだ。

自分自身、成績は良かったものの優等生ではなかったし、

中学時代はいわゆる不良とも仲が良かったので、着任前は高をくくってた。

でも、現実は想像を遥かに超えるものだった。

一限目は生徒の半分しかいない。

中学時代に教員から見放されていた子が多く、遅刻をしても何も言われていないので

遅刻自体への問題意識もない。

奇声を上げながら学校から走り去る20人位の生徒を見た。

何があったのかと確認したら、授業の途中で嫌になってしまったらしい。

校内ではシンナーが蔓延し、窓ガラスの外側はタバコの吸い殻だらけ。

注意をしたら唾をはきかけられた先生がいた。

なぐられた先生、車にイタズラされた先生も。

夜中中、暴走族が家の周りを走り回る、止まないイタズラ電話。

教員名簿には住所と電話番号を載せる人が半分しかいなかった。

教室の後ろで野球をし、ぐちゃぐちゃな向きに固められた机で大声で雑談する生徒の中で、

ひたすら板書をする先生も居た。

「ね」と「れ」の違いが分からない、アルファベットが言えない、

江戸時代を知らない、自分の住所が言えない、色々な生徒が居た。

風俗街の外れのアパートで、風俗に勤める母と兄弟と、2間のアパートで暮らしている生徒も居た。

卒業までに1つの学年で80人が退学する、そういう学校だった。

実を言うと私は学校の先生が嫌いで教師を目指した。

でも彼らと接している内に、俺は何でここにいるんだと考えるようになった。

教師として教壇に立つという特権がありながら、

「学校だけが全てじゃないよ」「勉強より大切なものがあるよ」って伝えることに何の意味があるんだと。

そんなものは社会に出て教えてくれる人が山ほどいる。

俺の役割は彼らに勉強の楽しさを、学ぶことの重要さを知ってもらうことじゃないかと。

小学校、中学校と、全く意味不明の授業が毎日続き、

「オレ、バカだから」が口癖の彼らに「そうじゃない」って言えるのは教師にしかできないことじゃないかと。

そこから必死になって勉強した。

彼らにどうやって教えるべきかを。

理解ってなんだ?知るってなんだ?身につくってなんだ?

学ぶってなんだ?

振り返ると、着任前の俺は「生徒に人気のあるオレ」になりたかっただけだった。

でも、彼らと出会ってプロって何だってことを教わった気がする。

今は教育現場とは全く関係のない仕事をしているけど、

あの時の経験が自分の背中になっている。

素晴らしい先生との出会いもたくさんあって、忘れられない思い出だ。

増田が教師を続けるかどうか分からないが、

仮に辞めたとしても「自分には全身全霊を何かに傾けた時があった」というのは、

きっとこれからの人生の大きな財産になると思う。

最後に3つ目のコメント

既に教員採用試験に合格して、4月の赴任を待っている大学生のコメントです。
教員を目指している若い学生らしいコメントですが、こうした若い人に不安を抱かせる現実が情けないです。

 教員志望の大学生に夢を語らせてください。教員志望の大学生です。

「教育困難校に勤務してるけど、もう無理」 のように困難校に赴任すること,たしかに想定していなかったなぁと思って,今の気持ちを書くことにしました。

教員はブラックだと近年特に言われているし,大学の教職課程で最初に学ぶのはモンスターペアレンツと学級崩壊についてだった。

基準のあいまいな体罰は解雇,セクハラも解雇,いじめを管理職や教育委員会が認めてくれないと現場の教員にペナルティがある。

しかも,新卒で教員になってしまうと,もし鬱やいろいろな事情で教員を辞めたら,企業は元教員を雇ってくれないと聞く。

でも,私は新卒で教員になりたいと考えている。

もともと教育に携わりたいと考えていたが,上記のような理由もあり,視野の広い先生になりたいという思いもあり,ずっと迷って就職活動をしていた。

決意が固まったのは教育実習のときだった。

子どもたち一人ひとりがたくさん悩んで,うれしいこともたくさんあって,いろいろと考えて生きていることを目の当たりにしたからである。

悩んでいる子どもに,しっかり寄り添いたい。

喜んでいる子どもと一緒に喜びたい。

もし間違った方向に進もうとしている生徒がいたら,真摯に向き合いたい。

やはり,今の子どもたちに直接かかわり,影響を与えていくことができるのは現場の教員しかないと思った。

この子どもたちと一緒に成長していけるようなこの仕事に就きたいと強く思った。

先輩の先生の授業では,子どもたちが興味を持って主体的に学んでいく様子を見て,こんな授業がしてみたいと思った。

最初はうまくいかないかもしれないが,その子どもたちに合った方法を一緒に探していきたいと思う。

実際に授業をしてみて,ちょっとした工夫で生徒の反応が全く違うことに驚いた。

こうやってトライアンドエラーで授業を作っていくんだな,と感触だけ分かった気がする。

教員になりたいのに,一度経験を……と考えて企業に就職するのは,どちらに対しても失礼だと感じ,まずはチャレンジしてみようと新卒で教員になることに決めた。

来年から教員になるにあたって,赴任校もまだ分からないし,生活の流れもよく分からない。

担任を持つのか,部活動を持つのか,どんな生徒とかかわっていくのか,何も分かっていない。

まだ採用前研修で何日か講義を受けただけだが,4月からはとにかく生徒を迎えることになる。

不安でいっぱいだが,期待もたくさんあって,来年度からの生活がとても楽しみだ。

忙しくなって辞めたくなったときに思い出したいと思い,書いてみました。

もしかしたら教員生活は辛いものになるのかもしれないけど,できることを少しずつやっていきたいと思います。

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