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大川小学校訴訟で上告。亡くなった子供の遺族も教師の遺族も悲しい

今でも、大川小学校の悲劇に関するニュースやドキュメンタリーを見ます。

涙を禁じ得ません。

私も多くの親御さんも、子供の反抗期とか高校入試とか大学卒業後の進路とか、いろい

ろなことで心配をしたと思いますが、それでも子どもたちはそれなりに大人になってい

きました。

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親の無念

でも、この大川小学校では、かわいい盛りの子どもたちが、親が何もしてやれないま

ま、津波に飲み込まれてしまったのです。

つらく悲しい事があっても、時が癒してくれるというような言い方がされることもあり

ますが、こんな形で我が子を失った皆さんは、時が経てばたつほど悲しみが増幅してい

くのではないでしょうか。

地震が発生した段階で我が子にしてやれることはなかったのか、津波が押し寄せたと

き、何もかも投げうって、なぜ大川小まで駆けつけることができなかったのか、など、

様々な思いに苦しまれているのではないでしょうか。

そんな遺族の方々にとって残酷なことは、津波が来ることがわかったとき、大川小学校

の裏山にちょっと登って避難するだけで、全員が助かっていたはずということです。

裏山に登るコースをテレビ映像でみましたが、裏山まではわずか1・2分で、山道も小学

低学年でも何の障害もなく楽々登れる山道でした。

「なんで学校の傍の裏山に非難しなかったの?」、「なんで津波に飲み込まれるまで、

無為に時間を過ごしたの?」、こうした遺族の悔しさ、怒りは当然のことです。

「大川小津波訴訟」において、第1審及び控訴審(2018年4月26日)共に学校の事前防

災の過失を認めました。

校庭にいた児童78名中74名と教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が死亡という

大惨事が起きた以上、過失責任を認定されてもしようがないように思います。『「大川小学校津波訴訟」、県・市・教師の責任は?~「大川小津波訴訟」に思う 』

さて、この学校側の責任を認めた仙台高裁判決を不服として、石巻市が上告する方針だ

というニュースが伝わってきました。

自分が大川小学校の教師だったら

子供を亡くした遺族の立場・気持ちは先に書いたとおりですが、この上告のニュースを

聞いて、もし自分が大川小学校の教師だったら、果たしてどのような判断をすることが

できただろうかと考えてしまいました。

〈引用:Wikipedia石巻市立大川小学校〉

本震直後、校舎は割れたガラスが散乱し、余震で倒壊する恐れもあった。教師らは児童を校庭に集めて点呼を取り全員の安否を確認したのちに、避難先について議論を始めた。学校南側の裏山に逃げた児童たちもいたが、教諭に「戻れ!」と怒られ、連れ戻された。校庭のすぐそばには裏山を登るための緩やかな傾斜が存在し、児童らにとってシイタケ栽培の学習でなじみ深い場所である裏山は有力な避難場所であったが、悪天候(降雪)により足場が悪いことなどから、登って避難するには問題があるとされていた

教職員の間では、裏山へ逃げるという意見と、校庭にとどまり続けるという意見が対立した。避難所でもある小学校にすでに避難してきていた老人がいることから、裏山ではなく、約200m西側にある周囲の堤防より小高くなっていた新北上大橋のたもと(三角地帯)へ避難するという案も上がった。市教委の報告書によれば「教頭は『山に上がらせてくれ』と言ったが、釜谷(地区の)区長さんは『ここまで来るはずがないから、三角地帯に行こう』と言って、けんかみたいにもめていた」という。

この議論の間、20家族ほどの保護者が児童を迎えに来て、名簿に名前を書き帰宅していった。大津波警報が出ていることを報告した親もいた。教師たちは「学校のほうが安全」「帰らないように」「逃げないほうがいい」などと言い、逆に保護者達を引き留めたという。実際に引き留めに応じた母親(津波により死亡)が、15時29分に「子どもと学校にいます。」と夫に向けてメールを送っている。また、山に逃げたものの連れ戻された児童らが「津波が来るから山へ逃げよう」「地割れが起きる」「ここにいたら死ぬ」と教師に泣きながら訴えている光景が、このときの保護者達により目撃されている

最終的に三角地帯に避難することになり、教職員と児童らは地震発生から40分以上たってから移動を開始した。防災無線は「海岸線や河川には近づかないでください」と呼びかけており、このときすでに、町の側溝からは水が噴き出し、堤防からは水があふれ始めていた

この引用文を読むだけでも、当時の切羽詰まった状況を想像できます。

どこの町でもそうであるように、当時、大川小学校も地域の避難場所に指定されていた

んですね。

石巻市の避難場所に指定されているということは、「避難場所は大川小学校だからそこ

から動かない」という先生方の考えにつながったはず。

そんな状況下で、数百年に一度という未曾有の大津波が来ることを突然の地震の際に予

見して、避難場所として指定されてもいない裏山まで果たして避難できるものでしょう

か。

教頭は『山に上がらせてくれ』と言ったが、釜谷(地区の)区長さんは『ここまで来

はずがないから、三角地帯に行こう』と言って、けんかみたいにもめていた」という

のは、本当にあった話でしょうか。

もしそうなら、教頭さんの意見が通っておれば、ここまでの大惨事にはならなかったか

も知れません。

ただ、大川小の11名の先生方は最後まで、必死に子どもたちを守ろうとしたと私は思

うんですよね。

不祥事を起こす教師がニュースでは目立ちますが、実際はそんな教師はほんのごくわず

かで多くの教師は一所懸命にやっているはず。

大川小の先生たちは、津波に飲まれる子どもたちを助けようと両脇に抱え、どうにもな

らずに、一緒に沈んでいったと思うんですね。

「大川小学校訴訟」の上告審で、どんな判決が出るのかわかりませんが、子供を亡くし

た御遺族も亡くなった教師の御遺族も、ともに悲しい裁判を見守らねばなりません。

<大川小津波訴訟>石巻市が上告へ 宮城県も同調方針
5/7(月) 8:13配信 河北新報

東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、学校幹部と市教委の組織的な過失を認めた仙台高裁判決を不服とし、市が上告する方針を固めたことが7日、分かった。亀山紘市長は上告関連の議案を市議会に諮るため、丹野清議長に臨時会の招集を伝える。県も同調する見通し。上告期限は10日。

4月26日に言い渡された控訴審判決が津波予見性に関するこれまでの最高裁や高裁の判断枠組みを超えているなどとして、最高裁の判断を仰ぐとみられる。

亀山市長ら市幹部は4月28~30日、市議会の全会派に判決内容を説明。亀山市長は今月1日の報道各社の取材に「上告するかしないか、どちらもリスクがある。そのリスクをどのように最小限にするか検討中だ」と述べ、大型連休中に検討する考えを示していた。

控訴審判決は、大川小の一部学区が津波浸水予想区域を含み、校舎が北上川堤防に近接することから「津波を予見することは可能だった」と認定。

同校の危機管理マニュアルの不備を厳しく指摘するとともに、市教委は同校のマニュアル内容の確認、指導を怠ったとして組織的な過失があったと判断。市・県側に計約14億3610万円の賠償を命じた。

同校では児童74人と教職員10人が津波で死亡・行方不明になった。2016年10月の地裁判決は市・県に計約14億2660万円の賠償を命じ、遺族と市・県の双方が控訴した。

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コメント

  1. より:

    コメント失礼します。

    先日、石巻市の市長が上告する意向を固めたことで遺族の代表である方が批難していました。
    しかし、私は遺族には申し訳ありませんが、代表者の方に好印象をもつことができません。それというもの、市長は一応、上告の理由として「(避難マニュアルの)科学的根拠が欠けている」と述べていたのにも関わらず、遺族の代表は「何の理由もなく(以下略)」と言っていました。市長の上告、理由を聞き入れることなく(この時はまだ情報は届いていなかった?)、ただ批難するだけでは意味がないように思えます。
    すでに、市と遺族の間には溝が出来ておりお互いの主張がぶつかり合っているのも分かる。しかし、自分達に都合がいい話だけを聞き入れる態度はいただけない。それでは、話し合いもへったくれもありません。
    また遺族は「子供達の命と向き合って」と言いますが、選挙を控えた現状では上告が承認されようがされまいが、本当の意味で“命に向き合えるのか”と疑問を感じます。
    そもそも、最終的な避難マニュアルは市の責任ではありますが、避難が遅れた要因の一つに保護者との話し合いで一時間もかかったという話もあります。
    単純に市や教育委員会に全責任や命の重さについて考えてもらうだけではなく、地元の住民もまた日頃からの避難の仕方や訓練をしておくべきだった。
    あえて、厳しい言葉を述べるならこの一件は、どちらか一方に非があるのではなく喧嘩両成敗。災害を甘くみていた双方に責任があると思います。
    遺族の方も市を責めるだけでなく、自分達が今後、何ができるのか。それは全ての責任を認めさせることなのか。それとも、自らの足と口で後世に津波や災害の恐ろしさを伝えていくべきなのかを考えてほしい。責任を認めさせることは亡くなった子供達に対する償いではない。過去を振り返るよりも、未来を見据えてほしいです。
    とはいえ、東日本大震災で亡くなられた方々に改めて合掌したいと思います。安らかにお眠りください。

    長文失礼しました。

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