スポンサーリンク

市民感覚を活かすための裁判員裁判10年 裁判員裁判の死刑判決を高裁はなぜ覆す【管理人の感想】

画像

スポンサーリンク

管理人の感想

裁判員制度が始まって10年が経ち、9万人の市民が裁判員を経験しました。

さて、その裁判員裁判(一審)で死刑判決が出て、遺族はもとより多くの国民が納得した

のに、高等裁判所ではその死刑判決が覆された事例が5件もあります。

そもそも、2人以上殺さないと死刑にならないなんていう永山基準・判例が正しいのかとい

う問題もあると思います。

永山則夫連続射殺事件とは

1968年に東京都港区・京都市東山区・北海道函館市・愛知県名古屋市の4都道府県におい

て、拳銃で4人を撃ち殺した永山則夫(当時19歳)の事件。

永山基準とは

永山則夫連続射殺事件に係る最高裁判決で示された基準のことで、死刑判決への影響力が

大きい。

死刑判決を宣告する際は、永山判決の傍論である死刑適用基準を判例と同等に参考にすべきという考えのこと。

市民感覚を取り入れるという発想で裁判員制度を始めておきながら、そういう発想の無か

った古い時代の最高裁判決・基準を何で未だに判例として用いているのでしょうか。そこ

がわからん!

大阪ミナミ通り魔事件

2012年に起きた大阪ミナミ通り魔事件では、裁判員と裁判官合わせて9人もの人が何度も

裁判を開き慎重な審議を繰返し、判決を下しました。

一審判決は死刑。

ところが弁護側が大阪高裁に控訴して、その控訴審判決が無期懲役となってしまったので

す。

その一審判決破棄の一番の理由は、判例(前例)と整合性が取れないというものでした。

さらに大阪高裁は判決理由で、

・判例に従うと、公平性の観点から死刑は不適当

・覚せい剤による精神障害があったかもしれない。

・1人しか殺害していない。

・計画性なし

何、この判決理由は?

上級審(高裁・最高裁)の裁判官は「しっかりせー」と言いたい。

千葉県松戸市で起きた「松戸女子大生殺害放火事件」の最高裁判決(死刑を破棄して無期

懲役)を言い渡した裁判長のコメントが、「裁判員の中に特に厳しい人がいて、被告人が

自分の運が悪くて死刑になったと思ったら可哀想でしょ。」というもの。

びっくりですね。

裁判員裁判はしっかりと慎重に審議され、一部の素人の裁判員の考えだけでは判決が出な

い仕組みになっているのに、こんなことを言うとは。

殺された被害者やその家族はどうなの?可愛そうじゃないの?と言い返したいです。

上級裁判所の裁判官たちは、生きている被告人に死刑を言い渡すことにビビってしまい、

責任逃れのために前例主義で判決を下している。

その結果、殺された被害者とその遺族の生きる権利に対して鈍感になっている、もっと言

えば目をつぶっている、と言わざるを得ないと思うんですよね。

裁判官は「自分たちは司法試験を受かった専門家、裁判員は素人、裁判は専門家の自分た

ちに任せろ」というエリート意識を持っているのかも。

さて、裁判員裁判の判決の仕組みを少し

プロ裁判官3名+裁判員6名、合計9人の多数決で判決を決める。

6人の裁判員が死刑等の判決に全員賛成しても、プロ裁判官が最低1人以上、賛成しないと

判決になりません。

素人裁判員6名だけの意思で判決を決めるのではなく、そこに司法試験に受かったプロ裁判

官の考えを入れるということですね。

裁判員裁判の死刑判決を覆す裁判官の基本的考え方

・死刑は犯人の存在を消去する刑だから。

・死刑というのは究極の刑だから、慎重にすべき。

・国家が被告人の命を奪う究極の刑だから慎重に。

という考え。

だったら、簡単にわけもなく殺された被害者の命の価値はどうなるの、死んでしまったか

ら、放っておいていいの?

被害者の命は4人集めて、やっと極悪人1人分の命の価値しかないと言うの?

僕はいつも思うんですよね。裁判は被害者やその遺族のためにこそ、あるべきだと。

裁判官や弁護士の自己満足のためにあるわけではない。

犯人が奪ったのは、被害者1人の命だけではなく、その家族、妻や夫や子どもたちの幸せに

生きる権利をも奪っている(殺している)のです。

関連おすすめ記事
関連おすすめ記事
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。