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川崎20人殺傷事件、立川志らくの「一人で死んでくれ」は正論か暴論か【管理人の感想】

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管理人の感想

立川志らくの言うことは正論か暴論か?

立川志らくの発言、『一人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら一人で死んでくれ

よって、そういう人は。なんで弱い子どものところに飛び込んでんだって』について。

正論だ!という人

文筆家の古谷経衡氏…志らく発言は「至極真っ当な意見」

「確かに、“死んでくれ”という強い言葉は普段であれば批判の対象になるでしょう。しかし、今回の事件にはそうした平時の良識を上回る特殊性があります。20名もの人々が事件に巻き込まれ、2名の尊い命が失われた近年稀にみる凶悪犯罪で、殺傷の対象となったのは弱い立場にある小学生だった。その上、犯人は自死している。すでに死亡した犯人を法で裁くことができない一方で、被害者はもちろん、多くの方々が心に大きな傷を負いました。彼らの痛みに寄り添えば、“一人で死んでくれ”と考えるのは当然の感覚で全く批判には当たりません」

暴論だという人
生活困窮者を支援するNPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典代表理事…「自殺や犯罪のト
リガーになりかねない」という反論

「この事件には僕も怒りを感じますし、遺族がそういった発言をしても全く問題ないと思うんです。ただ、第三者がテレビやネットで怒りの感情を発信することは世の中に憎悪をぶちまけるのと同じで、第二、第三の凶行を呼ぶ危険性がある。社会から孤立し、恨みを抱いている人たちに“一人で死んでくれ”と言い放つことは自殺や犯罪のトリガーになりかねません」

「社会から孤立する人の数を考えれば、いつどこで起きてもおかしくなかった事件です。」

「僕の意見に賛同する声のなかには“自分も岩崎になるところだった”という切実な反応もありました」

正論だ!という人

ノンフィクションライターの窪田順生氏は、藤田氏の見解に異を唱える。犯行に及ぶ人

間の背中を押すのは愛情の不足などではなく、「被害者意識」である。

「犯罪に走る人間は社会から疎外され、周囲に必要とされてこなかった。だから、あなたは大切な人だと伝えることで犯罪を抑止できる。これが藤田さんたちの考える理想論です。ただ、この事件では伯父夫婦が犯人を心配して、何度も役所に相談を持ち掛けている。彼には家があって、犯行時も懐に10万円を入れていた。彼以上に孤独で困窮している人は幾らでもいます」

犯人・岩崎に対して、過度に配慮すると、同じ境遇の人たちの被害者意識を増幅し、事件を誘発してしまう。たとえ厳しい物言いであってもダメなものはダメと訴えるべきなのです」

『一人で死んでくれよ』という言葉だけを抜き取って論じてもしようがないと思います

ね。立川志らくは、岩崎容疑者が自殺したことを受けて、「自殺するくらいなら、何の罪

もない弱い子供たちを道連れにしたりなんかせずに、一人で死んでくれよ」と言ったので

あって、正義感を持った市民がこれくらいのことを言うのは当然だと思う。

逆に、もし世間が、「岩崎容疑者も可愛そうな男だったんだ。彼がこのような人間になっ

たのは社会の責任だから、彼があんな事件を起こしたことも理解できるよ。」なんてこと

になったら、おかしなことだと思う。

一方で、藤田孝典代表理事が、「一人で死ね」という怒りの感情を発信することは、第

二、第三の凶行を呼ぶトリガーになる危険性があるという側面もあるでしょう。

ただ、僕はそれをあまり強く全面に出して、みんなで感情を出すのはやめましょうという

のは、傲慢な気もします。何か不満を持っている人たちが爆発するので、爆発されないよ

うにそっとしておきましょうみたいな感じもして。

「一人で死ねよ」と言わせてよ、とも思う。

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