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FXと株式。相場で稼ぐのは大変です。ゆとり資金を多く持つほど有利!

FXや株式で稼ぐのは簡単ではありません。

稼ぐのは難しいです。

ただ、FXだけが難しいのではなく、株式でも先物でも、仮想通貨でも、投資は何であれ

リスクが付きまとうし、損をしている人の方が多いのが現実です。

仮想通貨では今年初め、NEMの流出(盗難)騒動が大きくクローズアップされました。

盗まれた580億円は取り返せるのか。コインチェック社は463億円を持っているのか?
仮想通貨取引所コインチェック、セキュリティできずに大損害!

そこで今日は、自分の投資体験を書いてみたいと思います。

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夢と希望を持ってFX取引に参入

今日これから、初めてFX取引に参戦するみなさん。

みなさんは、きっと今は大きな夢を持ち、希望に満ちた将来が

待ち受けていると信じていることでしょう。

私もそうだったな。わーい(嬉しい顔)

最初のころは、レバレッジを1から2倍程度に抑えて、1日に数万円を儲けることが

できました。

そのうち、慣れてくるんですね。レバレッジを5倍~10倍前後にしました。

その結果、一晩に50万、60万円と儲けることもありました。

それは普通のサラリーマンの月収など軽く越える金額でした。

当時、1ヶ月の最高収入は168万円でした。

楽勝でした。この調子で行けばきっと億万長者になれると本気で思いましたね。

そして、私は取引にのめり込んでいきました。あせあせ(飛び散る汗)

1ヶ月に100万円を越える収入を上げるとということは、裏を返せばそれだけの金額を失

う可能性も大きいということです。

結果、現在は負け組に組み込まれてしまいました。

しかし、このままでは終われない。ちっ(怒った顔)

プロローグ

負けました。

この30数年間で株で2600万円、FXで1400万円。

正確には株もFXもこれ以上、負けていますが、4000万円としておきます。(自慢にはな

りませんが?)

正確に調べると額が増えて辛くなりますので。

もし、「定期預金にしておいたら」などと、今更言っても後の祭り。

しかし、このままでは終われない…と思っています。

ささやかながら、リベンジをFX市場に仕掛けています。

FXで負けている多くのみなさんも、きっとそのままでは終われないと思われていること

でしょう。

FXに勝ち続けている期間が続くと、そのあと必ず負けるときがきます。

まあ、当たり前なんですが。

忘れもしない26年前、バブル崩壊への道

忘れることができません。

1989年の大納会(12月29日)で、日経平均は市場最高値の38,915円87銭を付けました。

ここで、僕はまだ、損切りできずに現物株を所有していたんですよね。

株式相場はそれまでグングン上昇していたので、1990年以降もこのまま上昇していくとは

とても思えなかったし、早くこの狂騒列車から飛び降りたかったのですが、何百万円も損

を抱えていたので、損切りできませんでした。

市場最高値38,915円87銭の平均株価を記録したあと、新しく迎えた1990年。

その1月4日の大発会で日経平均株価は前年末終値比202円99銭安で閉じたのです。

この1月4日を終えた段階では私はまだ、4万円台少しは行くのではないか、という淡い期

待を持っていました。

午前中、2時間だけの半日立会だったし、202円安程度でしたので、明日は盛り返すので

はと。

当時の市場の大方の見方は「来年は4万円乗せが確実」というもので、株式専門雑誌など

は、この先、日本経済は日経平均10万円を目指すと無責任に囃し立てていました。

やっと2万円を超えてきた現在の状況を見ると笑えてくる話ですね。

無残にも二度と株価は戻らなかった

しかし、その後の株価の動きは皆さんの知るとおり。

為す術もなく、坂道を転げ落ちていきました。

当時、この大発会の下げを経済界は問題視することなく、話題にもならなかった。

経済学者のレポートもしかり。

ただ、ある経済学者だけは、「どうも危ない」という趣旨のことを書いていました。

1990年10月には日経平均株価は20,221円86銭とピーク時のほぼ半値にまで暴落しまし

た。ちょうど28年後の現在と同じくらいです。(2018年6月29日終値22,304円)

株式取引の実戦記録

バブル崩壊の少し前、2000万円を元手に株式市場に参戦しました。日経平均はもう3万円

を超えていました。

もっと早くに資金が手に入れば良かったんだけど、こんな時期になってしまったんです。

それまでは、右肩上がりで来た株式相場もどこか不安定で何となく不安は感じていまし

た。

1929年10月24日の米国株式市場の「暗黒の木曜日」として知られる大激震の前には、ニ

ューヨークの路上の靴磨きの少年さえ、株式投資の話をしていたといいます。

私はこの逸話を読み、日本での状況も同じだと感じとっていました。

なぜなら、それまでは株になど全く興味のなかった普通のサラリーマンや公務員が株を買

い出したからです。NTT株の公開もこの頃ではなかったかと思います。

私はさっと稼いで、さっさと勝ち逃げしなければと自覚していたことをはっきりと覚えて

います。

しかし、結局は燃えさかる大火の中に飛び込んでしまったんですね。

ブラックマンデーの到来

1987年10月19日月曜日、ニューヨーク株式市場が過去最大規模の暴落となりました。(ダウ30種平均の下落率22.6%)

このとき、日本も世界も大騒ぎで、日経平均は3,800円ほども値下がりし、21,9

10円となりました。

アメリカ発のこの騒動をブラックマンデーと呼んでいますが、今から思えばこれが日本の

バブル崩壊に向かう道標でした。

アメリカのブラックマンデーそのものは、1985年の『プラザ合意』以降の円高ドル安政策

にあるようですが、その辺りは専門家に任せておきます。

ところで、この3,800円安の翌日はなんと、約2,000円も戻し、結果的にはその後、

2年間も日経平均が上昇していったのです。

私はこの時期は、まだ資金がなく、練習のため、デモ取引を行っていました。

デモ取引と言っても、現在のようにインターネットサービスがあるわけでなく、自分で

「売った」「買った」と、ノートに付けて収支をチェックしていくのです。

ついでに言うなら、PCのOS、Windowsもまだ発売されていませんでした。

結局、日経平均株価は、ブラックマンデー以降、2年間も上がり続け、その間、私は模擬取

引でもうけにもうけました。(もうけたという表現はむなしく情けないが)

デモ取引のときが最高のタイミングだったというのは、なんという皮肉でしょうか。

日経平均が21,000円から38,000円まで上がったのですから、まあ言ってみれば、何を

買っても上がったのです。

例えば、オムロンでも架空の取引ではあるが簡単に500万円をゲットしました。悔しいで

すね。

リアルで株式市場に参戦

1989年の夏頃でした。(1989年と書きましたが、もう20年以上も前のことであり、時期

はよく覚えていません。昔の株取引の試料を調べればわかりますが、その作業は今となれ

ば虚しく、やめておきます。ただ、日経平均はすでに3万円を超えていました。)

そんな私がいよいよ、満を持して株式市場に参戦することになりました。

狭い土地がたまたま売れたのです。当時の日本はバブルの最盛期。税引き後、きっちり

2000万円が手元に残ったのです。

私は、その現金2000万円を証券会社に預けました。

そして、忘れもしない1989年の大納会(12月29日)。終値は史上最高値の38,915円87銭

を付けました。

ここまで、読んでいただけた皆さんは私の不運にそろそろ、気づかれているのではないで

しょうか。

1989年の大納会以降、どうなったか

私が資金を手に入れ、株式市場に参戦したのは、もう日本中のそして世界中の人々が日本

株を買いあさり、その頂点に向かおうとしていた時期だったのです。

そう、ちょうど熟柿が熟れきって、後は落ちるだけという時期だったのです。

期待して迎えた1990年1月4日の大発会はすでに読んでいただきましたように、大方の期待

を裏切って、200円ほど下げたのです。

私は「ヤバイ」と感じつつ、損を抱えたので、まだ今年(1990年)は行けると楽観せざる

を得ませんでした。

そして、この楽観視は私だけではありませんでした。

経済学者、金融のプロも含めてみんなが楽観視していました(少なくとも表向き発言で

は)。

1月4日の大発会の前日くらいに、日経新聞の記事に各界の株式予想みたいなのがありまし

たが、ほとんどが4万円台を予想していましたし、期待もしていました。

しかし現実は、期待とは裏腹に恐ろしいものです。

1990年1月4日を起点にどんどん下げました。私は下げる過程にあっても、戻すはずだ、戻

ってほしいという期待で銘柄を入れ替えました。

しかし、相場全体が下がっていくのですから、どうあがいても、何を買っても下げていっ

たのです。

2000万円の元手など、1990年の終わりには消えかかっていました。

当時は現物株売買しかできなかったので、下げを見込んだ空売りもできませんでした。

(空売りできるだけの証拠資金がなかった)

今から思えば、右肩上がりで上昇していた時期に模擬取引で好成績を出した私が、現実の

資金を手にしたときはもう暴落の一歩手前だったということです。まさに逃げ遅れるどこ

ろか、火中に飛び込んでいったようなものでした。

日経平均の下げも、現在(2018年6月30日、2万2千円)からは想像もつかない激しいもの

で、最高値38,915円をつけた翌年の10月には、1万8千円も下げました。

株や土地に手を出していた個人や企業はもうなす術もありませんでしたね。

最高値以降の10年間の信用収縮の過程で、個人だけでなく、多くの名門大企業が倒産し

ました。

金融機関としては最初(1995年)に兵庫銀行が、そして北海道拓殖銀行、日本長期信用銀

行、日本債券信用銀行、山一證券、三洋証券などがつぶれました。

日経平均最高値以降は、今から思えば本当に異常な世界でした。個人で信用取引をしてい

た人の中には命を落とした人もおられました。

このように相場の世界で生き残るということは、本当に難しいことだとつくづく私は感じ

ています。

相場には「時の流れ・運」がある。

相場には、「時の流れ・運」があります。

「時の流れ・運」にできるだけ翻弄されないためには、「資金の一部だけを運用するこ

と」、「逃げるが勝ち」を実践することです。

FX・株式相場はそのような世界です。

負け戦の話でしたが、読んでいただきました皆様、ありがとうございます。?

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