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「建国記念の日」と「建国記念日」の違い。「の」の有る無しで意味が違う

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「の」が付くのと付かない場合の違いなんて、これまで考えもしませんでした。😅

神武天皇が即位したとされる時代まで系譜を遡ると、考古学的には縄文時代の末

期から弥生時代の初期にあたるらしい。

果たして、神武天皇とみなされるような人がいたのかどうか。

文献のない時代だから、神話としておいておくのがいいのかもね。

ところで、下記の記事はわかり易く、なかなか良質の記事だと思います。

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「建国記念の日」は、なぜ「建国記念日」ではないのか

〈出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190211-00010003-bfj-pol〉2/11(月) 17:56配信

2月11日は「建国記念の日」だが、「建国記念日」ではない。

この「の」は、どこから来たのか。この祝日を制定した佐藤栄作内閣の国会答弁などを紐

解きながら、背景を調べてみた。

いまは「建国記念の日」である2月11日は戦前、「紀元節」と呼ばれていた。

由来は『日本書紀』に基づく初代天皇・神武天皇の即位日だ。これを太陽暦に換算する

と、紀元前660年2月11日にあたる。明治政府はこの日を「紀元」(建国の日)として、祝

日にすると定めた。

「建国記念の日」は、なぜ「建国記念日」ではないのか

戦後、紀元節は姿を消す。天皇の神格化に関係する祝日としてGHQ(連合国軍総司令部)

の意向で廃止された。

1950年代に入ると紀元節を「建国記念日」として復活を目指す動きが高まった。

だが、紀元節の根拠となった『日本書紀』の内容が、史実であるという確証はない。

神武天皇が即位したとされる時代、日本は縄文時代の末期~弥生時代の初期にあたる。

即位日を裏付ける史料はない。なお同書では、神武天皇は127歳まで生存したことになっ

ている。

三笠宮さま「紀元節」復活に反対

皇族(昭和天皇の弟)で歴史学者でもあった三笠宮さまは、「紀元節」の反対の論陣を張

った。

1957年11月13日付の毎日新聞は、三笠宮さまが「この問題は純粋科学に属することであ

り、右翼、左翼のイデオロギーとは別である」と発言したことを報じた。

また、デイリー新潮によると、三笠宮さまは「紀元節についての私の信念(「文藝春秋」

59年1月号)」の中で、以下のように記している。

「日本人である限り、正しい日本の歴史を知ることを喜ばない人はないであろう。紀元節

の問題は、すなわち日本の古代史の問題である」

「昭和十五年に紀元二千六百年の盛大な祝典を行った日本は、翌年には無謀な太平洋戦争

に突入した。すなわち、架空な歴史――それは華やかではあるが――を信じた人たちは、

また勝算なき戦争――大義名分はりっぱであったが――を始めた人たちでもあったのであ

る」

「もちろん私自身も旧陸軍軍人の一人としてこれらのことには大いに責任がある。だから

こそ、再び国民をあのような一大惨禍に陥れないように努めることこそ、生き残った旧軍

人としての私の、そしてまた今は学者としての責務だと考えている」

「2月11日」以外にも候補があった?

「建国記念日」を定める法案は、1957年から何度も提案され、激しい論争となった。

当時の自民党が提案した2月11日以外にも、4月28日(サンフランシスコ講和条約発効日)

や5月3日(憲法記念日)、4月3日(「十七条憲法」制定日とされる日)なども候補にあが

った。

最終的には1966年、佐藤栄作内閣が2月11日を「建国記念の日」と制定した。「建国記念

日」ではなく「建国記念の日」だ。

2月11日を「建国記念の日」とするにあたって、当時の総理府総務長官・安井謙氏は国会

で以下のように答弁している。


尊重して、国民の祝日にすることといたした」

「明治初年以来七十有余年にわたり祝日として国民に親しまれてきた伝統を尊重した」

(1966年4月15日・衆院本会議)
——

安井氏は続く答弁で「日本書紀の史実についてこれは正しくないのだ、事実に間違ってお

るのだという学説は多々ございます」とした上で、神武天皇の即位日を「民族の伝承」と

した。

その上で「これを象徴的に建国をしのぶ日とすることは、すなおな国民感情に一番これは

触れてくる問題であろうという確信を持っておる次第でございます」と述べた。

佐藤首相も「建国をしのび、国を愛し、国の発展を期するという、国民ひとしく抱いてい

るその感情を率直に認めて、そしてこの日を定めようとするものであります」と、「愛国

心の涵養」に資するという姿勢から答弁した。

保守派から紀元節の復活を求める声が出る中、当時の政府は2月11日を歴史的事実として

「建国の日」と位置づけることは避けた。あくまで「建国というできごと」そのものを象

徴し、祝う日とするという姿勢を取った。

法律は『古事記』『日本書紀』に基づく建国神話には言及せず、「日本が建国された日」

とも記していない。「建国をしのび、国を愛する心を養う」とだけ、記されている。

「建国記念の日」の「の」という文字には、こうした背景があるのだ。

他の国の建国記念の日は?

諸外国をみてみると、どのタイミングを「建国」とするかで異なるようだ。

①フランスでは、フランス革命のきっかけとなった「バスティーユ牢獄襲撃事件」の日(1789年7月14日)を「革命記念日」として毎年祝う。

②アメリカでは7月4日を「独立記念日」が建国の日とされる。1776年にイギリスから独立を宣言した日だ。

③中国では、1949年に毛沢東が「中華人民共和国」の成立を宣言した10月1日を「国慶節」として建国を祝う。

④ドイツでは東西ドイツの再統一(1990年10月3日)を記念し、この日を「統一の日」と定めている。【吉川慧 / BuzzFeed Japan】

読者の反響 盛り上がっています ヽ(^o^)丿

 オムライス
上手いこと考えたと思う。紀元節を支持する人も、そうでない人も文句が言えない。

Gyo
歴史学者・三笠宮殿下のご意見・ご姿勢は 大変 立派である と思います・・・イデオロギーを超えて歴史科学的であらねば、と

tom
日本は、昔から日本だったことから建国を世界に知ってもらう必要がなかったからね。
日本は最も長く続いている国としてギネスに載ってる。

bab
一つの王朝が2000年近く現代まで続く国って貴重ですよね。たとえ神武天皇の実在が証明されていなくても、どなたかはわからないが初代の天皇は必ず存在したわけですから、その方からずっと天皇家が続いてきたことに思いをはせると、何とも言えない神秘的なものを感じます。このまま日本が末代まで続いていきますように。

satottaotoko
こういうふうにそれぞれの祝日には
なぜその日になったかというちゃんとした理由がある。
それなのに連休を増やしたいからと言って
近い月曜日にずらしてしまうのは個人的にどうかと思う。
もし子供に「なぜ今日は○○の日なの?」と問いかけられたらどう答えればいいのか。

kut
子供の頃、確か
「この日という確定のない不確かな日だから「の」が入る」と聞いた事がある。
建国を記念する日なのだと。
建国記念日と言い切ってしまったらこの日以外にないのだ。

see
昔は、祝日には日の丸の旗を掲げるところが町内にもちらほらあった、戦前の話じゃないよ、高度成長時代から昭和元禄期の話。

今日、靖国に行ってきたけど、お膝元の界隈ですらこれが少ない、実に少ない。なんだか頭でっかちのネトウヨとか増えた割には、「国」に親しみを持つ人はむしろ減ったり、希薄化してるんじゃなかろうかと、考えながらの帰り道でした。

ajo
建国を記念する日は、その国の拠り所を、どこに求めるかによると思います。日本人の多くの感覚としては、日本という国は、昔から連綿と続いているという感覚だと思うので、現行憲法施行日やサンフランシスコ条約締結日では、歴史が余りに短く不適切でしょう。やはり、日本の歴史の一体性を象徴する天皇の初代の即位日を建国を象徴する日と位置づけるのがしっくりくるような気がします。建国記念の日の由来が神話であってもよく、むしろ、日本の歴史の奥ゆかしさを表しているように思います。

rto
12,3歳までに、自国の神話を学ばない民族は滅びるとイギリスの歴史学者トインビーは唱えています。神武天皇が即位してから、今年で皇紀2679年、戦後、ほぼ形骸化された信仰や行事になってきている様に思います。かつては神とともに日々の生活があり、神への感謝も生活や文化の中にありました。神の国、日本。八百万の神が護っている日本。私たちの地域の神々に、一度思いを馳せ、感謝し、住んでいる地域や文化、歴史を愛してみることも、ともに歩んだ神とのおもいを共通のものとし、ひいては日本を愛することに繋がっていくのではないかと思います。力だけの強さではない、人の心を動かす、おもいや言霊、礼節など、世界に誇れるものはこの日本には、多いのです。今一度、日本中にある八百万の神の足跡をたどってみたり、真実の日本の歴史や偉人たちのおもいに、触れてみるのも、天皇退位のある今年、日本を何らかの形で護ることになるかもしれません。

sp5
ちと話は変わるが神武天皇が128才まで生きたのは、昔は一年を二年と数える春秋年を使ってたからで実際には64才である。それをふまえて計算し直しても2000年を越える歴史がある現存する最古の国家は我が国である。かつてはエチオピア王朝というのがあってその歴史は3000年を越えていたと言うから驚きである。

jrg
年に1日くらい日本の建国について考えてもいい。とにかく日本は歴史が長く、いつが建国の日か分からないということ。現行憲法が出来た日やサンフランシスコ講和条約を締結した日が建国の日では、多くの日本人が納得しないだろう。紀元節を強調する必要はないと思うが、旧正月を建国記念の日と制定したのはナイスだと思う・・

cho
諸外国の記念日と比べ、日本の「建国記念の日」は伝統を踏まえていて素晴らしいと思います。
佐藤栄作首相は知恵があったと思います。
三笠宮様が戦争の反省から異論を唱えられたことは、それはそれで皇室内部では反対の意見があったということで、戦前体制の復活ではないという論拠になって良かった。
日本文明の継続性こそが日本の価値の源泉なので、「建国記念の日」はもっと盛大に祝うべきで、新天皇となる来年には、新機軸を打ち出して欲しい!

俺と彼女はポーランドから来た留学生
古代の出来事だから他国みたいに客観的事実に基づいた「建国記念日」ではないけれど、2000年以上昔に思いを馳せる日である「建国記念の日」はやっぱり格が違うなぁと思います。

gei
日本語教師をしており、日頃より、助詞が表現する微妙なニュアンスをどうやって説明するか苦心しています。日本人としては、このニュースを読んで、うまいこと考えたな!と思いました。しかし、英語ほか外国語への直訳では伝わらないので誤解を招いていそうです。

tec
2/11に日本という国が始まったかどうかなんて時代が古すぎて誰にもわからないし、そもそも近現代のように建国の宣言や国の定義があったわけじゃないから、何月何日に始まったという日を立証することは無理だ。

ただ、そんな中で奈良時代の朝廷による公式の歴史書(日本書紀)が、初代神武天皇の即位が今から2679年前であると書いているのだから、それをみんなで信じて、一応の目安として旧暦の1月1日(現暦2/11)を建国の日として祝おうと決められたのだ。
実際に2/11に日本が始まったかどうかはわからないが、今日は日本の建国を祝う日だ。史実がどうであったかはさして問題ではない。

lot
祝日の「の」の入っている日と入っていない日の違いは、先日テレビで紹介していました。
「の」入は、その日でなくても良い(またはその日の根拠が不確実)祝日。
「の」無しは、その日でなければならない祝日。
と。
その上で建国記念に関して「の」が入っている。即ちその日の不確実な理由を書いているのなら良い記事だったのに。
「どこから来た」ではなく「なぜ入っている」ではないのかな?

lup
神話の域からでないですよね。
2月11日っていうのは旧暦の1月1日ですからね。
そんな元旦ぴったりに国ができたとは思えない。

山岳信仰や民間伝承などでは、天皇家より長い家系をもつ家があるっていうじゃないですか。出雲系の王家の人たち。
世界で、建国日がわからないぐらい古い国は日本ぐらいしかない。

対外的に日本が日本として意識したのは、
白村江の戦いの後でしょうね。
古事記、日本書紀は国として人臣をまとめるために必要だった。

記念日は記念日それでいいと思う。

abcde
「紀元節の根拠となった『日本書紀』の内容が、史実であるという確証はない」というか、史実のわけがない。1000年以上前の出来事を口伝だけで日にちまで正確に伝え続けられるわけがないし、そもそも内容が神話だし。

kis
きちんと調べて事実だけを述べている、良い記事だった。
祝日の背景を知ることは、その日の時間を大切に過ごす上でも損にはならない。

rea
現実問題として、2600年以上も前の正確な日にちなんて分かりようもない。そんな中で、不正確であろうとも2月11日とした資料があるのだから、それでいいと思う。それにしても他の国の建国の日と比べて物凄い歴史があるね。

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